日日是生日

アクセスカウンタ

zoom RSS 終戦の日の昭和天皇御製(この言葉6)

<<   作成日時 : 2006/08/29 19:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0



この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれひはふかし    (昭和62年8月15日 御製)




やすらけき 世を祈りしも いまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど (昭和63年8月15日 御製)



 




今日、公民館で『文芸春秋』9月号を1時間足らず読む機会があった。

その中に半藤一利・秦 郁彦・保阪正康3氏による「徹底検証 昭和天皇『靖国メモ』未公開部分の核心」という特集記事があった。

このメモが本物か捏造か、天皇の本心であるかどうか、天皇のお言葉の政治利用は妥当かどうか。二つの対立意見があるようだが、この特集をざっと読んで、わたしが一番こころ打たれたのは、この特集に引用されている上記の昭和天皇の御製であった。

昭和天皇は、「富田メモ」の翌年、「やすらけき世を祈りしも」と詠まれた翌年、昭和64年(1989)1月7日6時33分、十二指腸乳頭周囲癌癌により、87歳で崩御された。

この二つの御製は昭和天皇が亡くなられる前々年と前年の終戦の日、全国戦没者追悼式典ご出席のあの日の、み心を詠んだものである。これを読むと、晩年に至るまで、あの大戦への思いは大変深いものだったのだなあと、わたしには読み取れたのだが、いかがでしょうか。
                        

                                                   (天皇御製に心打たれたネコ)




((参考))
いわゆる「富田メモ」の昭和天皇のお言葉は、この両歌の中間である昭和63年4月28日とのこと。参考として、備忘録として、「富田メモ」を掲げる。


「私は或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが。
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
 松平は 平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知
 らずと思っている
 だから 私はあれ以来、参拝していない。それが私の心だ。」(昭和63年4月28日付)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
終戦の日の昭和天皇御製(この言葉6) 日日是生日/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる