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zoom RSS 『バカの壁』(この言葉8)

<<   作成日時 : 2006/09/25 17:11   >>

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わが家の書棚に3年前のベストセラー養老孟司氏の『バカの壁』があった。娘がもどってきたとき読んでおいていったのだろう。

読んでみて、“目からうろこ”の箇所がいくつかあった。やっぱり、話題の書は読んでみるべきなのか。

一番読んで気に入ったのは、次の箇所だ。

≪少し考えれてみればわかりますが、私たちは日々変化しています。ヘラクレイトスは「万物は流転する」と言いました。人間は寝ている間も含めて成長なり老化なりをしているのです。変化しつづけています。≫

至極当たり前の内容なのだが、ブログのタイトルをまだ半年もならないのに、もう3回もくるくる変えてしまい、いまは「日日是生日」(毎日が誕生日)としているこのわたし。このわたしのブログのタイトルの解説にぴったりではないのか。わたしはそう思って、うれしくなった。


≪生き物というのは、どんどん変化していくシステムだけれども、情報というのはその中で止まっているものを指している。万物は流転するが、「物は流転する」という言葉は流転しない。≫とも、書かれている。

ところで、一般に人間は≪朝起きるたびに、生まれ変わった、という実感はわきません。これは脳の働きによるものです。≫という。


脳の働きによって人は勝手に自分の脳のなかに“壁”を作って、その中で自分は変わらないのだと思って暮らしている。“壁”からはみだす考えは理解を拒否して暮らしている。養老氏はそういうことを指摘したかったのであろう。

わたしもわたしの育ちや過去の経験からある種の壁を作って、その中で自分なりの“信念”で、これが一番だと思って暮らしているに違いないのだ。

でも、むずかしいことかもしれないが、できるだけこれまでの既成概念にとらわれずに、そのときそのときの判断で、「君子豹変」的生き方をしようと考えているのだ。

世界のいろんなことが次第に「一元論化」しようとしていることへの警鐘として述べている、この書の結びの一文を紹介して、この項を終わる。



≪安易に「わかる」、「話せばわかる」、「絶対の真実がある」などと思ってしまう姿勢、そこから一元論に落ちていくのは、すぐです。一元論にはまれば、強固な壁の中に住むことになります。それは一見、楽なことです。しかし向こう側のこと、自分と違う立場のことは見えなくなります。当然、話は通じなくなります。≫


                                      (脳は人なみと思っているネコ)
((蛇足))
『バカの壁』、中国語ではどう表現するのだろうか。


「バカ」は「○瓜」(sha3 gua1)か、「混蛋」(hun2 dan4)が代表的か。「二百五」(er4 bai3 wu3)というのもあるか。

「壁」は「牆」(qian2)か、「壁」(bi4)か。

だったら、「バカの壁」は「○瓜的壁」、もしくは文語的にして「○瓜之壁」はどうか。

でも、具体的ではないな。日本人なら空間を読むとか、余白の美をこのむ傾向があるが、中国人はやはり具体的にストレートに、ずばりといわないと、納得しないのでは。つまり、具体的な動作を表す動詞を使わないと、中国語らしくないのではないのか。


そこで、もう一度、養老さんのこのタイトルの意味を考えてみた。


つまり、『バカの壁』とは、わたしなりの解釈だとこういうことだ。

「バカな奴ほど自分の周りに勝手に壁を築き、世の中はこんなもんだと、決め込んで、つまり思考停止の状態で生きている。」


そこで、「ぶつかる」という動詞「碰」(peng4)を使って、こう訳したらどうか。

『○瓜碰壁』(sha3 gua1 peng4 bi4)

どうだ。中国語らしくなったのではないかい。「ぶつかる」を引くと「碰」のほかに、「撞」(zhuang4)というのもあったけど、「碰」と「撞」とは同じなのか。それとも違うのだろうか。






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