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zoom RSS 元日各社の社説、コピーしました

<<   作成日時 : 2008/01/02 11:43   >>

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今年がどのようになるか、どうあってほしいのか、それを知る手がかりにと思って、各社の社説を読んで見ました。年末にもう一度読み返すために、私の備忘録として、各社の社説をコピーしました。



平成20年の意味―歴史に刻む総選挙の年に(朝日新聞)

 不穏な年明けである。
 と、元旦の社説に書いたのは5年前のことだった。米国がイラク攻撃へひた走り、北朝鮮の拉致と核でも緊迫の度が高まるばかり。世界はどうなるのか、せっぱ詰まった重苦しさがあった。
 今年もまた、穏やかならぬ年明けだ。
 外から押し寄せる脅威よりも前に、中から崩れてはしまわないか。今度はそんな不安にかられる。
 日本防衛の重責を担っていた官僚トップに、あれほどモラルが欠如していようとは。暮らしの安心を保証する年金が、あんなにずさんに扱われていたとは。日々のニュースがこれほど「偽」の字に覆われようとは……。
 ただでさえ、年金制度の将来設計は危ういし、借金づけの財政にも、進む少子高齢化にも、これといった策が打ち出せない。経済のかげりは隠せず、生活苦のワーキングプアも増えた。日本は沈みつつある船ではないのか。
 私たちが昨秋から社説で「希望社会への提言」シリーズを展開しているのも、そんな危機感からである。
 だが最も切実なのは、深刻な課題に取り組むべき政治が混迷の中にあることではないか。「ねじれ国会」でますます迷路をさまようのか、それとも出口を見つけるか。今年は大きな分岐点にある。
蛇行の末のねじれ
 平成も、はや20年を迎えた。
 昭和から平成に元号が変わったのは89年1月8日。時の竹下登氏から福田康夫氏に至るまで、日本の首相は何と13人を数えた。小泉政権の5年半を除けばあきれるばかりの数であり、政治の非力と蛇行をうかがわせるに十分だ。
 平成元年は激動の入り口だった。
 リクルート事件が山場を迎え、政治改革が課題に。消費税がついに導入され、参院選で自民党が大敗、一時とはいえ初めて与野党が逆転した年だった。
 世界史の上では、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩れた年である。
 冷戦終幕は「55年体制」からの脱却に向けて日本政治の背中も押した。小沢一郎氏らが自民党を出て「非自民」連立の細川政権をつくったのは93年。これが政界再編の第1章であり、政治改革の目玉として衆院に小選挙区制導入の改革が行われた。政権交代を当たり前とする「二大政党」時代への条件整備だった。
 再編第2章は、いまの民主党が結成された98年。これで二大政党の準備はできたが、小選挙区制の果実は自民党が先に味わった。05年に小泉首相が郵政総選挙で大勝し、与党が議席の3分の2を獲得したのだ。だが、小泉後のしっぺ返しも強烈。昨年の参院選で民主党が圧勝し、衆参「ねじれ時代」に突入した。
 正月休みが終われば越年国会が再開され、「給油新法」の対決にけりがつく。参院で野党が、衆院では与党がそれぞれ数にものを言わせ、最後は衆院で「3分の2」ルールが使われるという。この半世紀、なかったことだ。
 しかし、与党はこの方式を毎度あてにはできないし、参院の民主党優位は6年は続きそうだ。ねじれ国会をどうするのか。それが切実に問われている。
沈没を防ぐため
 昨秋、「大連立」の話が降ってわいて大騒ぎになった。あっさり消えたのは当然として、与野党が対決を乗り越えて必要な政策を力強く進めるには、どうすればよいのか。政治が重い宿題を負わされたことは間違いない。
 どんな道があるだろうか。
 与野党が政策をすりあわせて合意を探ればよいのだが、いまは簡単ではない。参院選で勢いづいた野党は「民意はこちらに」と譲らないし、与党も最後は衆院の「3分の2」に頼るからだ。
 ここは衆参の1勝1敗を踏まえて、改めて総選挙に問うしかあるまい。政権選択の、いわば決勝戦である。
 結果をおおざっぱに考えてみよう。
 もし民主党が勝てば、いよいよ政権が交代して衆参のねじれも消える。政権交代の実現は、もともと政治改革のねらいだったはず。それが果たされる。
 一方、与党にとっては、勝ってもねじれは変わらぬうえ、「3分の2」を失うリスクも大きいが、それでも「民意」の旗を取り戻すことができる。もはや野党も「反対」だけを通せまい。
 今度の総選挙はそんな勝負だけに、あらかじめ厳しい節度を求めておきたい。まず、与野党とも受けねらいのバラ色の政策ではなく、政権担当を前提に、可能な限り現実的な公約を競うこと。
 第二に、敗者は潔く勝者に協力することだ。自民党の下野は当然として、もし民主党が負けたら参院の多数を振りかざさず、謙虚に政策調整に応じるのだ。仕組みを工夫して、ねじれ時代のルールを確立する必要がある。
 選挙の勝敗が鮮明でない場合など、政党再編や連立組み替えもありえよう。場合によっては大きなテーマを軸に「大連立」が再燃するかもしれないが、それもこれも総選挙をしてからの話だ。
 世界は待ってはくれない。冷戦後、統一ドイツはしっかり国の基盤を固め、フランスとともに欧州連合(EU)を引っ張ってきた。ソ連に代わって登場したロシアも、経済混迷の時代などいまや昔の物語。中国やインドをはじめ、アジアもダイナミックな伸び盛りだ。
 今秋には米国で大統領選があり、「ブッシュの時代」は終わりを告げる。世界の中の日本も曲がり角にあるが、まずは日本の沈没を防ぐため、政治の体勢を整えるしかあるまい。
 平成20年。政界再編第1章から15年、第2章からは10年――。今年、政治の歴史に大きな節目を刻みたい。



多極化世界への変動に備えよ 外交力に必要な国内体制の再構築(読売新聞)

 ◆唯一の超大国の揺らぎ◆
 どうやら、今、わたしたちは、世界の構造的変動のただ中にいるようだ。
 「唯一の超大国」とされてきた米国の地位が揺らぎ、多極化世界へのトレンドが、次第にくっきりしてきた。
 米国の揺らぎは、イラク戦争の不手際が招いた信頼感の減退によるものだけではない。より本質的な要因として、長らく世界の基軸通貨として君臨してきたドルの威信低下がある。
 欧州の単一通貨ユーロが着実に力を伸ばし、第2の基軸通貨としての地歩を築いている。原油高騰で巨額の金融資産を積み上げている中東産油国や外貨準備世界一の中国などは、その一部を徐々にドルからユーロへと移し始めた。
 やはり原油収入で潤うロシアは、国際政治上での「大国」復活を目指し、ソ連崩壊以来の対米協調路線から、対米対抗姿勢に転じた。
 他方では、中国がめざましい経済成長を続けている。早ければ数年以内にも日本を追い抜いて、世界第2の経済大国となる勢いだ。それと並行して軍事力をも急拡大しつつある。いずれは、軍事パワーとしても、米国に拮抗(きっこう)する一つの「極」をなすだろう。
 BRICsという言い方が出回り始めたのは、4年ほど前からだ。2050年のブラジル、ロシア、インド、中国の経済大国化を予測し、その頭文字を並べた造語である。
 それによると、あと40年ほど後の世界では、中国が世界一の経済大国となっており、米国が2位、中国に匹敵する人口大国インドが3位へと躍進している。
 ◆重さを増す対中外交◆
 最近では、メキシコがロシアより上位に来るとも予測されているが、いずれにしても、中国、インドという新たな「極」が出現し、日本の経済的存在感は大きく後退する。
 購買力平価で見ると、すでに1995年に中国は日本を追い抜き世界第2位、06年にはインドも日本を抜いて第3位になっているとの報告もある。
 世界のパワーバランスの変動過程には、さまざまな曲折、摩擦もあろうが、今後、日本にとっては、新たな「極」となりつつある中国との関係が、外交政策上、もっとも難しい重要な課題となるだろう。いわゆる「戦略的互恵関係」をどう構築していくかということである。
 しかし、日本外交の基軸が日米関係であり続けることには、変わりはない。中国との関係を適切に調整していくためにも、見通しうる将来にわたり、日米同盟を堅持していかなくてはならない。
 福田首相が、日米同盟関係とアジア外交の「共鳴」を掲げているのも、そうした判断からだろう。
 懸念されるのは、中国の興隆にともない、米国の日本に対する関心が低下するのではないか、ということだ。
 米大統領選挙に手を挙げているヒラリー・クリントン候補が、21世紀の2国間関係で「最重要」なのは中国だと述べたことが、話題を呼んでいる。
 ◆日米同盟基軸は不変◆
 だが、だれが次期大統領になるかにかかわらず、中長期的には、米国にとっても、経済・軍事巨大パワーとしての中国との関係が「最重要」課題になるのは、いわば、自然な成り行きだろう。
 そうした米国と、今後も、「最も重要な同盟国」としての関係を維持するためには、日本もこれまで以上のさまざまなチャンネルを通じての外交努力、あるいは相応の負担をする覚悟が要る。
 その対米外交にしても、中国・アジア外交その他にしても、機動的な日本外交展開の前提になるのは、国内政治の安定である。国内が混迷状態では、日本の対外的発言、約束も信頼性が薄れ、外交力が弱まってしまう。
 ところが、現在の日本は、衆・参院の与野党ねじれ状況により、内外にわたる重要政策について迅速な政治決定が困難になっている。新テロ特措法を巡る迷走は、その象徴である。
 内政上、喫緊の課題ともいうべき税財政改革も、ほころびの目立つ社会保障制度の抜本改革も、与野党の次期衆院選がらみの思惑で先送りされている。
 社会保障制度が持続する条件は、そのための財政的裏打ちがしっかりしていることである。社会保障費の伸びに見合うだけの財政収入増がなければ、いずれ財政が破綻(はたん)する。財政が破綻すれば、社会保障制度も破綻する。
 08年度政府予算案の社会保障費は、約22兆円、一般会計歳出の4分の1を占める。08年度以降も、高齢化に伴う自然増だけで毎年1兆円近い。他方で国の債務は年間税収の10倍以上に達してなお増え続け、利払い費だけでも9・3兆円に及ぶ。
 ◆危機の財政、社会保障◆
 財政上の見通しがつかない中で、政府は社会保障関係費の伸びを切り詰めてきた。だが、そうした手法を重ねた結果、年金制度の将来不安だけではなく、医療、介護などに至るまで“システム崩壊の危機”といった声が上がっている。
 こうした窮状を打開するには、国民全体が広く薄く負担を分かち合う消費税の税率を引き上げる以外に、現実的な財政収入増の方途はない。実は、そのことを与野党ともよく知っているはずだ。それなのに改革をためらっている。
 ドイツでは、現メルケル首相率いるキリスト教民主同盟が消費税(付加価値税)率引き上げを公約に掲げながら選挙で勝利したという近例がある。だれしも増税がうれしいわけはないが、ドイツ国民はそれが必要なことを理解した。
 ◆強い政治的意思を示せ◆
 日本国民も、その必要性、それによる福祉の将来像などを丹念に説明すれば、理解できないはずはない。
 福田政権が当面なすべきことは、内外に強い政治意思を示すことである。
 新テロ特措法案に限らず、外交上、財政上、あるいは国民生活上必要な政策・法案は、憲法に定められる「3分の2」再可決条項を適用して、遅滞なく次々と断行していくべきである。
 野党の問責決議を恐れる理由は、まったくない。「3分の2」再可決は憲法に明記されているルールだが、問責決議などは、憲法にも国会法にもまったく根拠のない性格のものだ。内閣不信任決議とは、およそ重みが違う。
 衆院の任期は、あと2年近くある。解散・総選挙を急ぐ必要はない。
 もちろん、政策・法律の断行に際しては、国民に対する丁寧な説明を怠ってはならない。



08年を考える 責任感を取り戻そう(毎日新聞)

 マッチ擦る

 つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの

 祖国はありや

 寺山修司の短歌は高度成長期をはさんで若者の心を強くとらえた。これはとりわけ有名な歌である。

 50年代後半にできたようだが今日的だ。世界を覆う霧は今も深い。日本の心もとなさも同じではないか。

 日本と世界の混迷を振り返ると、そこには共通項がある。「責任」の欠如である。「公(おおやけ)」の感覚の喪失とも言えるだろう。

 まずは米国。唯一の超大国としての威信は昨年、大きく失墜した。政治的にはイラク問題、経済的には低所得者向け住宅融資のサブプライムローン問題だ。

 超大国の役割は「平和と安定」という世界のための公共財を提供することだ。高いコストを負担する国力が必要だが、米国は限界を明らかにしつつある。

 露骨に国益追う

 サブプライムローン問題は米国が住宅バブルを放置した結果である。世界のリーダーとしての責任放棄だ。基軸通貨国としての信認が揺らぎ、ドル安が危険なまでに進んでいる。

 イラク戦争でも地球環境問題でも、米国がその理念と構想力で世界をリードするのが難しくなった。もう冷戦終了直後の精神的指導性を有していない。

 米国の混迷の間に、中国と資源国ロシアの台頭がめざましい。しかし、彼らが米国に代わって世界運営の責任を引き受けたわけではない。逆に露骨に国益を追うことが多く、世界の不安定化に拍車をかけている。

 世界の多極化にともない、核兵器の拡散、テロとの戦い、温室効果ガス削減などグローバルな問題は中国、ロシア、インド、ブラジルなど台頭する新興諸国に、どこまで国際公共財を負担させることができるかという問題になってきた。世界の将来はその説得にかかっている。

 責任回避は地球温暖化問題ではなはだしい。今日から京都議定書による温室効果ガス削減の第1約束期間(5年間)がスタートした。だが、議定書がカバーする排出量は世界の3分の1に過ぎない。「ポスト京都」では大排出国の米国、中国、インドの参加が不可欠だが、相互非難の応酬にとどまっている。

 しかし、無責任では日本も同断だ。「テロとの戦い」では洋上給油の再開か別の貢献策か、与野党は対立したまま合意から遠い。外から見える日本の姿もまた、責任感の低下した内向きの国ではないのか。

 国内では「偽装」事件の続発。老舗企業ですら商道徳を忘れ果てている実態が明るみに出た。そして「消えた年金」「防衛次官汚職」。責任を放り投げて恥じない人々の何と多かったことだろう。日本人の「劣化」という評もあった。

 慎重に留保を付しつつ、「公」の回復について、思いをめぐらしてみたい。

 わざわざ留保と言うのは、「公」の回復という言葉で復古的な国家優先主義を主張する人が多いからだ。私たちはそのような意味で「公」の回復を語ろうというのではない。

 公共心や公共への責任感は空から降ってくるわけではない。それは私たちが共通する課題にどう対処するか、平等な立場で、オープンに議論をたたかわせるなかで血肉となっていくはずのものだ。公共性に関する定説であろう。

 偽装の経営者にしても防衛次官にしても、公共心や責任という言葉を知らなかったはずがない。しかし、身についていなかった。前述の意味での「公」の過程を経ない借り物だったからではないか。「公」は誰かが与えてくれるものでなく、私たち自身が手探りで作っていかなければならないものだ。

 そして、討論の場といえば議会であり政党だ。「公」の回復をいうなら、まず政治の「公」である。

 折から「ねじれ」国会である。だが、その弊害を大連立で解消しようというのは賛成できない。「不都合な真実」かもしれないが、これも民意だからだ。

 ねじれの解消も民意、つまり選挙にゆだねるべきだ。ねじれの緊張関係の中で合意をめざし議論を練り上げていく。それが「公」の回復そのものであろう。

意見を鍛える

 メディアも同様である。インターネットへの期待は大きいが試行錯誤が続いている。新聞は「公」への意識を生み出す「広場」としての機能をさらに強化する必要がある。読者が意見を鍛えるために必要な情報をきちんと伝え、自由な意見交換を保障する場である。そのための潜在力を全力で掘り起こしたい。

 冒頭の歌に戻ろう。

 これは半世紀前、多感な青年が瞬間感じた「祖国喪失」の感覚だ。まだ日本が貧しかった時代。国に対する愛憎半ばする叫びが思わず口を突いて出た。

 時代状況は違うし個人的事情も異なるだろう。しかし、「祖国はありや」という切迫した歌の心を、いま多くの人が共にしているのではないか。日本には衰退の気分が広がり、年金の先行きさえ定かでないのだから。「祖国」を実感できる年としなければならない。




国益と地球益を満たす制度設計を(日本経済新聞)

 底の見えぬ不安は経済を萎縮させ政治を迷走させる。しかし、そのリスク評価と回避の道筋が科学的に確定すれば、もはやそれは不安ではなく、解決可能な命題となる。気候変動、地球温暖化はまさしくそれにあたる。人類社会はことし2008年温暖化ガスの排出を抑制する最初の1歩、京都議定書の第1約束期間を迎える。そして京都の先に半永続的に続く温暖化との総力戦に向けて、北海道・洞爺湖サミットの議長国として、日本は一連の国際舞台でその覚悟と政策能力を試される。

文明を変える議定書 

 12年までに1990年比で欧州が8%、日本が6%、温暖化ガスの排出を削減する。この京都議定書の目標は、温暖化を食い止めて気候を安定化させるという究極の目標に比べれば、本当にささやかな1歩でしかない。ただ、それは文明史上画期的な意味を持つ1歩でもある。

 科学的に予見される将来の危機について、目前の経済的な利益を一部犠牲にしても危機回避に向けて国際社会がかじを切る、という合意は重い。この手の合意が実行に移されるのはおそらく史上初であろう。

 地球温暖化の責任には「共通だが差異がある」という原則の確立は先進的だ。92年採択された国連気候変動枠組み条約に明記されたこの原則により、産業革命以来膨大な累積排出量になる先進国がまず差異ある責任を果たすのが京都議定書だ。

 累積の排出量がはるかに少なく、1人当たりの排出量も先進国の3分の1、4分の1という途上国は、議定書の削減義務の対象外である。総量では大排出国の中国やインドに義務を課していないから実効性がないなどという議論も一部にあるが、それは見当違いである。

 エネルギーがからむと国益がもろにぶつかり合う。共通だが差異ある責任という原則でその利害を緩和し、国際共同行動への道が開けた。

 京都議定書の3つ目の意義は、温暖化ガスの排出抑制と経済成長が無理なく同調できる「低炭素社会」への道を切り開く起点となることである。気候の安定化には究極的に先進国は現状の50―70%以上の排出削減が必要で、途上国にも20年ごろをピークに排出量の永続的削減が求められる。やりくりや数あわせで達成できる数字ではない。

 経済社会の中に、環境という価値をきっちり組み込まない限り、ことは成就しない。単なる規制ではなく、企業が省エネに努力し新技術を開発し、新しいシステムを取り入れて排出を削減した分、競争力が高まり、利益を得られる仕組みをつくる必要がある。自律的に、企業や個人の行動規範が排出削減に向くように制度を設計しなければならない。京都議定書は環境関係の取り決めとしては初めて、排出権取引など経済的な手法を大胆に定めている。

 制度設計では残念ながら欧州が断然、先行している。京都議定書が決まった3年後、英国は気候変動税と排出権取引を組み合わせた制度を導入、それがEUのキャップ・アンド・トレード型排出権取引の原型になった。自然エネルギー、再生可能エネルギーのシェアを増やす仕組みも省エネ投資の促進も、排出権取引と連動する形で展開している。

 日本は日本経団連と経済産業省の反対で排出権取引の制度化が遅れている。EU方式は排出削減のコストを最小化するという排出権取引本来の機能が弱いという指摘もある。

民が柔軟な制度提案 

 しかし、排出権取引にはいくつものタイプがある。EU方式をただまねる必要はない。最も難しい排出枠の初期配分については、過去の排出量を基準にするEUのグランドファザリング方式のほか、企業の初期負担は大きいが公平性は担保しやすいオークション方式、業界の標準的な技術の到達点を基準とするベンチマーク方式なども検討対象だ。

 EU方式の問題点を調べ、日本の実情に合わせた持続可能な制度設計を試みたのは、これまで日本の様々なシステム設計を担ってきた中央官庁ではなく京都大学のグループである。鉄鋼などの産業分野と電力などのエネルギー転換分野でCO2の直接排出量は日本全体の6割を占める。そこにはキャップ・アンド・トレード方式を導入し、運輸やオフィスには別の方式を適用するという。

 政府は提案を受けてもまだ動かない。今年から米加の11州とオーストラリアなどがEUの排出権市場とリンクする。炭素市場は急拡大し、今や導入の是非ではなく、どんな制度を選び、どう使いこなすかが世界の関心事だ。京都議定書から10年、制度設計に背を向けてきた日本は、特殊な国というレッテルをはられつつある。洞爺湖サミットが不安だ。



回顧2007 「偽」は必ず見破られる 取り繕う政治からの脱却を(産経新聞)

 年にも人格があるなら、日本漢字能力検定協会から「偽」などという文字を与えられ、まもなくお役ご免となる2007年は、さぞ不本意だろう。
 ミートホープ、白い恋人、赤福、船場吉兆…。すぐに頭に浮かぶのは、数えきれない食品偽装だ。相次ぐ値上げも年の瀬でにぎわう「アメ横」の正月用食材の価格に影響しているという。買い物客はいつになく、念入りに品定めしているのではないか。
 ≪食品も年金も国政も≫
 「偽」の話題は、政治の世界でも顕著だった。こちらは参院選の結果に影響を与え、衆参ねじれ現象を生んだ。それに起因する混乱は、新年にまたがって国政の停滞をもたらしそうだ。
 つい最近も、宙に浮いた5000万件の年金記録への対応で「最後の1人、最後の1円まで」という政府や自民党の公約が、実現不可能なものだったことが表面化した。
 「公約違反というほどではない」と福田康夫首相は不用意に口にし、内閣支持率を2ケタ落とした。焦った自民党の機関紙では、参院選公約の文言が「約束します」から「全力を尽くす」に書き換えられたという。偽りに偽りを重ねる行為には、謝罪会見で企業トップらが立ち往生するシーンがオーバーラップする。
 参院選大敗に至る過程では、閣僚の辞任や自殺につながった「政治とカネ」にまつわる不祥事が続発し、年金問題と負の相乗効果を生んだ。
 事務所経費問題で故松岡利勝元農水相は「何とか還元水」を持ち出し、参院選のさなかも釈明に追われた赤城徳彦元農水相は、顔に絆創膏(ばんそうこう)を張って記者会見に臨んだ。
 政治家の言葉、とりわけ釈明の裏には「偽」のにおいが漂う。そんな有権者の疑いの目は、還元水や絆創膏に強く引き付けられたといえる。
 選挙後、いったんは踏みとどまった安倍晋三前首相は、体調不良が高じると唐突に政権をほうり出し、場の空気を読めない「KY首相」という不名誉な呼び名を冠されてしまった。
 「戦後体制からの脱却」という理念を有権者に浸透させられず、年金記録問題には手をこまねき、問題閣僚を果断に処置できない。政治への不信、不満を蓄積させた世論をつかめないまま、参院選に突入したのだった。
 若さと裏表の未熟さに懲りた自民党は、福田首相に「安定」を求めたが、混迷からの脱却にめどは立たない。
 選挙の痛手から政権運営は内政重視に傾き、新たな安全保障会議構想や集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の検討など外交・安全保障の重要政策は先送りされている。
 自身のビジョンが見えない分、逆に「脱安倍」の姿勢は鮮明だが、国際社会からの信頼維持や真の国益に資するとはいえまい。加えて、省昇格を果たした防衛省は、官僚トップが最大級の不祥事を引き起こし、新テロ対策特別措置法案の足を引っ張っている。
 テロとの戦いから脱落した現状で、さらに内向きの政治に傾斜するようでは、国際社会の空気をつかめていないとみなされないだろうか。
 ≪肝炎訴訟の解決は救い≫
 その意味で、首相が薬害肝炎訴訟をめぐり議員立法による打開を決断し、原告側と合意にこぎつけたことは大きな救いだ。行政と司法が膠着(こうちゃく)状態に陥った問題に、民意を踏まえた政治家としての判断が答えを出す。今後の政策運営にも生かしてもらいたい。
 大連立論に乗りかけた民主党の小沢一郎代表は、「NO」を突き付ける党内情勢を読めていなかった。首相との党首会談では自衛隊の海外派遣原則にこだわったが、大連立論を封印されると、参院選と同様、国民生活重視で政府・与党と対峙(たいじ)する路線に舞い戻ったようだ。
 新年には、その国民生活に直結する予算案や予算関連法案が、ねじれ国会の下で審議される。高騰したガソリン価格がどうなるか、といった身近なテーマも含まれる。
 国会議員たちの視線の先には、政権交代のかかる衆院選が控えており、選挙民を意識した国会攻防となりがちだが、不都合を安易に取り繕おうとすれば、すぐに見抜かれる。偽物をつかまされぬよう、国民はさらに眼力を磨いておく必要がある。



  (同じネズミだから、ネズミ首相にがんばって欲しいと思うものの、同情では生きていけないと悩む ハムレット・ネズミ)

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滑るわけスキー:スキー板と雪の摩擦で熱が発生し、雪がとけます。その解けた雪が水になり、摩擦を減らす働きをしてスキーは滑ります。スケート:スケートの刃が氷と接する面には強い圧力がかかります。この圧力のため僅かな水が発生し。スケートは滑ります。 ...続きを見る
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