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zoom RSS 漱石、「(日本は)亡びるね」

<<   作成日時 : 2008/01/02 22:49   >>

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今から101年前、夏目漱石は小説『三四郎』を書きました。

熊本から東京の大学に入るために上京する主人公の三四郎が、今までに西洋人というものを五、六人しか見たことのない三四郎が、浜松駅で西洋人の一群を目にし、見とれてしまいます。

たまたま乗りあわせた、のちに広田先生と呼ばれる髭の男は、その場面で、「ああ美しい」といい、生欠伸をしてから、「どうも西洋人は美しくていいですね」といいます。

さらにその後、「お互いに憐れだなあ」といいだします。

「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝つて、一等国になっても駄目ですね。……」といって、ニヤニヤ笑います。

三四郎は日露戦争後に、こんな人間に出逢うとは思いもよらず、どうも日本人じゃないような気がして、「然し是からは日本も段々発展するでしょう」と弁護します。

すると、その男は「亡びますね」といってまたニヤニヤ笑っています。



この場面をふまえて、文芸批評家で都留文科大学教授の新保祐司さんが、12月21日の産経ニュース「正論」に、「半鐘は鳴りつづけている」という文を、書いておられました。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/071221/trd0712210252004-n1.htm


この広田先生の「(日本はこのままでは)亡びますね」という言葉が、そのまま漱石の近代日本に対する考えかどうかは私にはわかりませんが、漱石は明治34(1901)年3月16日の日記の中で、以下のようなことを書いて、日本の近代化は内発性によっていないと批判しているそうです。

日本は三十年前に覚めたりという。しかれども半鐘の声で急に飛び起きたるなり。その覚めたるは本当の覚めたるにあらず。狼狽しつつあるなり。ただ西洋から吸収するに急にして消化するに暇なきなり。文学も政治も商業も皆然らん。日本は真に目が醒めねばだめだ。


新保さんのこの文には「「戦後レジーム」の眠りから目覚めよ」というサブタイトルがついていて、以下のように述べておられ、いまの私たちに警鐘を鳴らしておられます。


 「戦後レジームからの脱却」の意志とは、わずかにのこっていた「内発性」の発現であったが、それも潰えて米国、あるいは国連といった「外」のものに依存する習性の中に、再び眠りこもうとしている。
…………………。
 今日ほど「亡びるね」という声が真に迫って聞こえてくる時代はない。今や、「日本は真に目が醒めねば」ならない秋(とき)である。



安倍前首相の退陣で、「戦後レジームからの脱却」という語はもう死語になったのかと思っていたのですが、これは真正保守派の方々の大目標なのですね。日本人の「内発性」がまったく希薄な現在の日本の状況、そのおおもとは日本人の手によってできたものではない、押し付けられた現行憲法ですから、それが改定されない限り、日本の「戦後」は終わらない、きっとそういう意味の言葉なのでしょう。



(「ニッポンが亡びる」ことを心配するよりも、「人類が亡びる」ことを心配する方が先なのに、と思いながら、人類滅亡の日を楽しみに拱手傍観している ネズミ)

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