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zoom RSS 「昭和の日」に軍歌を歌う

<<   作成日時 : 2008/05/01 11:11   >>

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4月29日が「昭和の日」となっているのにはじめて気づき、その日のNHK歌謡番組で「異国の丘」を聴き、その日の記録として「昭和の日―『異国の丘』を聞いて」というブログを書きました。

最近You Tubeなる便利なものがあることを知り、ひょっとしてこの「異国の丘」も動画で見れるのではないか、そう思って調べてみたら、ありました。その前後になつかしい軍歌もありました。

そこで、私の好きな軍歌ベスト10をアップしてみようと、時代順にならべてみました。9つまでアップしました。あと1つはなにがいいでしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=T3GhA0xmecw&feature=related(戦友・?)
http://8.health-life.net/~susa26/natumero/gunka/touhikou.html(討匪行)
http://www.youtube.com/watch?v=5XXggeAttdw&feature=related(父よあなたは強かった・?)
http://www.youtube.com/watch?v=vn2OgHd99GE&NR=1(麦と兵隊・1938)
http://www.youtube.com/watch?v=lzpjBdxz5io&feature=related(露営の歌・1937)
http://www.youtube.com/watch?v=2CpcztEOSrs&feature=related(愛国行進曲・1937)
http://www.youtube.com/watch?v=7WOVJbs4pOM&feature=related(暁に祈る・1940)
http://www.youtube.com/watch?v=B_YWPf7LGhM(ラバウル小唄・太平洋戦争期)
http://www.youtube.com/watch?v=9hkoI_r3MLM(異国の丘・戦後)


幼稚園生のころに、一生に一度だけですが、みんなの前で一人で歌って遊戯した下の歌、見つかりませんでした。
 ぼくは ぐんじん だいすきよ
 いまに おおきく なったなら 
 くんしょう つけて けん つって 
 おうまに のって ハイ ドウ ドウ
 



軍歌と行っても、勇ましいのは個人的には好きになれないのですが、でも聞いているとなつかしいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=I5rgSB1QkFw&feature=related(嗚呼!同期の桜)
http://www.youtube.com/watch?v=2WufyOlm35o&feature=related(歩兵の本領)
http://www.youtube.com/watch?v=ZMj9qqAoZAs&feature=related(荒鷲の歌)
http://www.youtube.com/watch?v=sSp_BrnJ7rY(若鷲の歌)
http://www.youtube.com/watch?v=QcUHmpgWZMA&feature=related(加藤隼戦闘隊)
http://www.youtube.com/watch?v=X-0PYV7EBkI&feature=related(ラバウル航空隊)
http://www.youtube.com/watch?v=fFJYSHnMM6Q&feature=related(月月火水木金金)
http://www.youtube.com/watch?v=UH3gZlewu7o&feature=related(太平洋行進曲)
http://www.youtube.com/watch?v=Gh_ZRCIsKUI&feature=related(出征兵士を送る歌)


なつかしい「満州国国歌」もみつけました。五族協和の王道楽土にふさわしく、ゆったりとした調べで、歌詞も格調高く、なかなかの名曲ではないでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=NprDVmFaHU4&feature=related(1933年 作詞鄭孝胥、作曲高津敏・園山民平・村岡楽童合作)

(歌詞)

天地内有了新滿洲
新滿洲便是新天地
頂天立地無苦無憂
造成我國家
只有親愛並無怨仇
人民三千萬人民三千萬
縱加十倍也得自由
重仁義尚禮讓
使我身修
家已齊國已治
此外何求
近之則與世界同化
遠之則與天地同流



                        (近ごろはやたらと過去がなつかしくなる 期高齢者 ネズミ)
                            

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
「満州国国歌」が中国語(それも北京語)だったことには笑いました。そう言えば、溥儀も幼少時、満州語を習ったもののついぞマスターできなかったと言います。彼も日常は中国語(北京語)をしゃべっていたのですね。
子欲居
2008/05/01 19:11
旧満州、今の東北、内モンゴル地域は日本の北海道と同じで、日常の生活言語もプートンフアに近いように思われます。
満州族は清朝期に漢族を支配しましたが、その結果は漢族に呑み込まれてしまった、文化的虐殺にあってしまったのでしょうか。満州語で日常会話をしている人、いまいるのでしょうか。
東北地方には朝鮮族もいますが、朝鮮族はあんまり同化されていないような感じもします。漢族と満族はもともとあまり差のない民族だったのではないのかなあ、と思ったりしています。
満州国というのは満州族の国家という意味ではなく、満州族が主として住んでいた地域という意味で名づけれれたのではないでしょうか。
damao
2008/05/02 19:59
かつて漢族を支配した征服民族のほとんどが「文化的虐殺」に遭っていますね。北魏の鮮卑のように積極的に自ら漢化の道を選んだものもいますし、満州人だって同じようなことが言えます。
 例外は蒙古族ぐらいでしょうが、元が漢族を支配した時期は清に比べると遙かに短いことが挙げられます。また元が蒙古族をトップにした厳しい民族身分制度を敷いたのに対し、清朝は漢族・蒙古族を積極的に登用しています。
 ただ、満州族が一方的に漢族に同化されたかというと、そうとも言えないと思います。有名なところで、今や漢族の伝統民族衣装とされているチャイナドレスは満州族のチーパオが起源です。また、「普通話」(プートンフア)の原形となった北京語も、満州なまりの中国語という学者もいます。だから、満州族出身の老舎の文章が北京語の見本とされたりするそうです。
子欲居
2008/05/03 07:01
字数制限に引っかかったので、続きを書かせていただきます。
 朝鮮族が同化されなかったことについては、このような言い方には反発する向きもあるかもしれませんが、朝鮮族の文化レベルはかなり高かったこと、それと多くは清末以降、いわゆる「日帝支配」期に中国の境域に流入したこと、なども考えなければならないと思います。
 それと同化されなかった最大の理由は、征服民族として中国を支配しなかったからでしょう。

 後、満州族の故地であったはずの「満州」で漢族が圧倒的多数派となり、満州族と逆転したのも、清朝による中国支配が原因であると言えます。
 そう言えば、こんな記事も書いていました。
『満州族による清朝樹立の皮肉な結果』http://86959807.at.webry.info/200803/article_26.html
子欲居
2008/05/03 07:08
大事なことを書き忘れていました。ウィキペディアの『満州語』項目には、次のようなありました。
 「現在の中国で認定されている「満族」のうち、満州語を母語として話す(または話していた)ことが確認されているのは黒龍江省の農村部に分布するごく少数である。それ以外、特に都市部に居住する「満族」は中国語を母語としている。清朝は満州族に対し満州語の学習をたびたび奨励したが、書記言語は公用文として使用されたものの、音声言語の使用は次第にすたれた。最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀は幼少時に伊克坦(イクタ)という教師から満州語を学んだがついに習得できなかった。」
 
 だから、現在でも満州語を母語としている人は、少数ながらいるようです。
子欲居
2008/05/03 07:22
老舎が満州族出身ということ、はじめて知りました。
高校で世界史とらなかったせいか、また読書家ともいえないので、中国の歴史もあいまいなままで、歴代王朝もきちんといえないであります。子欲居さんのブログを拝見、不明なところがよくわかり、感謝いたしております。
「清朝というのは当初から、農民反乱に恐れをなした漢族支配層と満州族支配層との連合政権的な性格があった」という記述がありましたが、なるほどと納得しました。
ところで、日本の満州国侵出も、軍閥跋扈に嫌気をさした一部の漢族、満族が日本の関東軍に協力した、そうした一面はないのでしょうか。
damao
2008/05/03 08:41
関東軍に協力したのは、清朝復辟を夢見る溥儀の一派だったのではないでしょうか。また軍閥跋扈と言っても、そういう状態の方が当時の日本軍部には都合のいい状態であり、満州事変の背景として、当時「満州」を支配していた張学良が蒋介石率いる中央政府に従い出したことが、関東軍を焦らせたことがあったように記憶しています。
 後、日本軍に協力し、初代「満州国総理」となった鄭孝胥(元々、溥儀の家臣といった存在であり、「満州国国歌」の作詞者でもあります)は、「我が国はいつまでも子供ではない」と実権を握る関東軍を批判する発言を行ったことから辞任に追い込まれた。と言います。(ウィキペディアの記事より)
子欲居
2008/05/03 23:35

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