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zoom RSS 日中戦争は第5次アヘン戦争?

<<   作成日時 : 2008/05/09 23:20   >>

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偶然図書館で手にした船戸与一の『風の払暁 満州国演義T』(新潮社2007)を読んで、満州馬賊の中に日本人が多数いたことに驚いたのですが、この連休は佐野眞二さんの『阿片王 満洲の夜と霧』(新潮社2005)を読んで、日中戦争は日中アヘン戦争だったのかと知って、またまたびっくりでした。

佐野さんのノンフィクション、でたらめではないかとネットなどで調べてみたら、、『日中アヘン戦争』(江口圭一・岩波新書1988)とか、『其の逝く所を知らず』(西本正明・集英社2001)とかいう本が多数出されていて、Yahooで「アヘン 日中」というキーワードを入れて検索したら、約145,000のヒットでした。


中でも、どなたのホームページかわかりませんが、「新聞の嘘」が詳しく、以下のような記述がありました。http://mailsrv.nara-edu.ac.jp/~asait/kuiper_belt/KuiperBelt.htm


英語版の Wikipedia ではアヘン戦争のことを
1.第一次アヘン戦争 (1839-1842), 中国と英国の間の戦争
2.第二次アヘン戦争 (1856-1860), 中国と英国、フランス、ロシア、米国の間の戦争 (但し、米国、ロシアは軍隊を派遣しなかった)
と書いています。日本語の Wikipedia では第一次アヘン戦争を単にアヘン戦争と呼び、第二次アヘン戦争をアロー戦争と呼んでいます。

さて第二次アヘン戦争からしばらくして、日清戦争 (1894-1895) の結果、下関条約が締結されます。これには台湾などの領土に関することがありますが、関連して締結された通商条約では日本はアヘン戦争の勝利国と同じ立場を得ることになりました。これは英語版の Wikipedia に書かれていることです (Treaty of Shimonoseki - Wikipedia)。つまり日本は中国に自由に麻薬を持ち込めるようになったのです。少し考えてみればわかることですが、戦勝国の日本が中国と条約を結べば、それは、それ以前の条約 -- アヘン戦争の勝利国と中国が結んだ条約 -- の類似となるのに決まっています。これは当たり前です。

当然のことながら日清戦争以前から (ヨーロッパ各国の真似をして) 日本は中国、朝鮮、台湾にアヘンを密輸していたはずですから  「日清戦争」を第三次アヘン戦争と呼ぶほうが事態をより正しく理解できると思います。

中国の側から見れば、19 世紀から「アヘン戦争」が繰り返し、何度も勃発し、第二次大戦が終了するまで続き、当初は対戦国がヨーロッパの国であったものが、そのうち日本だけになってしまったと考える方が理解しやすいと思われます。日本史の教科書には日清戦争や日露戦争を日本の現代化の中に位置づけていますが、当時の日本人が日本の現代化を達成できたと考えた理由は「ヨーロッパの国々と同様に日本も中国をアヘンで食い物にできるようになった」 からなのです。このような観点は日本史の教科書にはでてきません、つまり日本史の教科書、あるいは世界史の教科書はこの点で完全に嘘をついている、あるいは捏造をしているのです。



さらにJohn G. Robertsという人の『Mithui: Three Centuries of Japanese Buisiness,』(訳,「三井:日本のビジネスの3世紀」1991) から以下の文をい引用しています。

星野により設立されたアヘン専売局により、アヘンは満州国政府の重要な収入源であった。それに先立つ 100 年前の中国の別の場所で英国がしたことの例にならい、関東軍は社会の抵抗を弱めるためにアヘンを使用し、更に満州国と中国の占領地で意図的に麻薬中毒を奨励した。

新たに麻薬中毒を作る方法はモルヒネを含んだ薬の配布、あるいは人気のあったタバコ「ゴールデンバット」の特別仕様 -- 吸い口に少量のヘロインを含んだもの -- の配布であった。これらの色々な麻薬は、三井やそれ以外の商社がきわめて合法的にアヘン専売局に提供していた。その結果不幸な犠牲者に幸福感をもたらすとともにニキサンスケの悪党たちにも幸福感を与えることとなった。なぜなら、これにより年間 2000万円から3000万円の収入が得られ、満州国の産業開発の資金源となったためである。


ここに出てくるニキサンスケ(弐キ参スケ)とは満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者のことで、そのメンバーは東條英機星野直樹鮎川義介岸信介松岡洋右のことで、その名前の最後の呼称からそう呼ばれています。特にそのうちの鮎川義介、岸信介、松岡洋右の3人を満州三角同盟と呼ぶのだそうです。
画像


「新聞の嘘」はさらにこうも言っています。

これが、満州における麻薬の下部組織を統括する中枢であったようです。すなわち、日本軍の支配する満州における麻薬の流通組織は今日の広域暴力団とよく似ており、その中枢が「ニキサンスケ」であったわけです。

冷静に考えると「暴力団」と「軍隊」の間の垣根が低く、「政府」と「暴力団」の垣根も低い非常に異常な世界です。「軍隊」や「政府」の発想も「暴力団」にきわめて近く、むしろ国ごと広域暴力団であったと言ったほうが的を得ているような世界ではないでしょうか ?

日本が占領した「他のアジア」の国でも麻薬の専売制があったことから判断をすれば、「大東亜共栄圏」とは実のところ「アジアの人々をヤク漬け」にすることを目標としたものであったことになります。




ところで、安倍晋三元首相、人権問題に一番力を入れられておられる政治家ですが、おじい様の麻薬による資金集めの事実、御存じなのでしょうか。ご存じなので、人権問題に特に力を入れておられるのでしょうか。


                   (いつまでたっても戦後の自虐史観教育からぬけだせないでいる 哀れなネズミ)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
豊臣秀吉の朝鮮侵攻を「最後にして最大の倭寇」と評価する人がいますが、同様、日中戦争は「最後にして最大のアヘン戦争」と評価できるのかもしれません。ところで、第4次アヘン戦争は「満州事変」なのでしょうか?
 何にしろ、「第5次アヘン戦争」の勝利により、中国は「第1次アヘン戦争」以来の民族的屈辱状態から基本的に脱することが出来たことは間違いありません。
子欲居
2008/05/10 02:35
第5次と書きましたが、日清戦争が第3次だと書いてあったので、日露戦争を第4次とし、満州事変、シナ事変を含めて第5次としたまでです。日露戦争は飛ばして、第4次とした方がいいのかもしれません。
ともかく、私の歴史認識、歴史の知識はいい加減で、素人の単なる直感、思いつきです。ご批判、お願いします。
damao
2008/05/10 07:31

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