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zoom RSS 北帰行―舞台は満州

<<   作成日時 : 2008/06/14 17:55   >>

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小林旭は私より1歳下ですが、デビユー時代からどういうわけか、石原裕次郎よりも旭の方が私は好きでした。彼の歌も好きで、「さすらい」、「北帰行」は男の哀愁とでもいうのか、なんともいえないいい歌です。
http://jp.youtube.com/watch?v=VdjQyqdYoec(小林旭の「北帰行」)
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/hokukiko.html(寮歌としての「北帰行」)
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_bebd.html(「さすらい」)


ところで、この「北帰行」、宇田博の作詞・作曲とのことです。彼は奉天一中で四修で旧制一高を受験しますが、失敗し、関東軍参謀の石原莞爾が満洲国に創設した建国大学に夢を託して入学しますが、半年で退学となり、昭和15年 (1940年)、開校したばかりの旧制旅順高等学校に入学しなおします。しかし、戦時体制下の同校にも宇田の望んだバンカラで自由な校風は存在せず、寮の娯楽室の壁に「生徒は一流、校舎は二流、校長、教師はみな三流」と落書したりして、生活指導の教官に目を付けられ、翌年5月、デートから戻ったところを教官に見つかり、"性行不良"で退学処分となりました。彼が同校への訣別の歌として友人たちに遺した歌が、この北帰行だそうです。学校の認める正式の寮歌ではありませんが、広義の寮歌として歌われたのだそうです。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/hokukiko.html

なお、佐高信さんが郷里山形の英雄的存在、石原莞爾を批判的に書いた『黄沙の楽土 石原莞爾と日本人が見た夢』(朝日新聞・2000年)では、建国大学の寮歌となっています。


それはともかく、寮歌としての歌詞には旭の歌では省かれている、次の1節があり、宇田の青春時代と重なります。

建大 一高 旅高
追われ闇をさすらう
汲めど酔わぬ恨みの苦杯
嗟嘆 ほすに由なし


ところで、宇田が最初に入学した建国大学は石原莞爾の「アジア大学」構想に端を発し辻政信により原案が作成され、関東軍によって敷地の確保・設立がなされ、1938年5月、満州国の首都新京(長春)に開校した大学です。Wikipediaでは、その概要を以下のように説明しています。
画像


本科(政治学科・経済学科・文教学科)と予科・研究院が置かれ、官費により学費は無料であった。また、全寮制で日本系・満州(中国)系・朝鮮系・蒙古(モンゴル)系・ロシア系の学生が寝食を共にし寮を「塾」と称した。

形式上は国務総理大臣が建大総長(学長)を兼任したが、建大の実質的な責任者は副総長であった。民族協和の実践を目指したが満州国と同様の矛盾を抱えていた。

例として校門には満洲国旗を掲揚していたが、制定された法律により日本国国旗を同時に掲揚せねばならなかった。他にも配給された食料である高粱と米は、支那人に高粱、朝鮮人に高粱と米、日本人に米が配給されるなど、枚挙に暇が無い(これらは学生らによって批判が噴出し、互いに混合し高粱米として食すこととなった)。

とはいえ学問については比較的自由であり内地では禁書扱いであった資本論など、共産主義に関する書物も回し読みされていた。戦争が激化すると治安維持法が改正され、反満抗日活動を行った中国人学生は検挙され、また日本人学生は学徒出陣で兵員徴収された。

同期が減っていく中、荒涼とした建大の敷地に日本人学生が植林をはじめ、終戦直後、残っていた学生らによって大学の蔵書が整理され目録が作製され、中国の図書館に寄附されている。日本人だけでなく、これら運動には満州人、支那人が参加した。

建大出身者には満州国崩壊後にシベリア抑留に遭った者、文化大革命で迫害された者など悲劇的な運命をたどった者も少なくない。一方、朝鮮人では、元韓国国務総理姜英勳など後の大韓民国で大いに活躍した政治家は多い。また、建大出身者は塾で存分に議論をしたためか真に仲が良く、国籍問わず交遊があり、戦後もその交遊は一部で続いている。



ああ、「涙流れてやまず」、「嗟嘆(ああ)ほすに由なし」、「恩愛我を去りぬ」、「尽きぬ未練の色か」、「あすは異郷の旅路」、こういった歌詞と曲が一体となる青春の歌、いまの若い人にあるのでしょうか。歌のうまい人も音痴な人も声張り上げていっしょに歌える歌、いまの若い人にあるのでしょうか。


       (歌はやっぱり文語調の寮歌に限る、旧制高校生を限りなく美しく切なく空想する 復古趣味ネズミ)

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