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zoom RSS 通り魔はどうして男なのか(2)

<<   作成日時 : 2008/06/12 09:24   >>

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昨日書いたブログ「通り魔はどうして男なのか」で、私は以下のような文を書きました。

キラキラした一見気ままな自由な空間、バーチャルな世界に今の若者の多くは気を奪われて過ごしています。同時に、20歳を過ぎても結婚することにいつまでも不安な生活がつづき、性生活も安定しない日々の中で、現実には夢をもてない若者がこれまでにない多数の人数で存在しているのでしょう。経済大国第2位を維持しようとして、責任ある大人たちがそんな仕組みをつくってしまった、そのようなことはないのでしょうか。


そこで、いつものようにこの問題についての各社の社説・主張を読んでみました。そのタイトルを列挙しておきます。

無差別殺傷―凶行のなぜを知らねば(朝日・10日)
無差別7人殺害 安全が足元で揺らいでいる(読売・10日)
秋葉原通り魔 事件続発の原因究明を急げ(毎日・10日)
無差別殺傷は防げないのか(日経・10日)
秋葉原無差別殺人 治安に強固な街づくりを(産経・10日)


どの社の社説も「残虐」「許しがたい凶行」「卑劣で身勝手な言い分」「未熟な人間」「許すべからざる無差別殺傷事件」「遺族の怒りを思えば、言葉もない」「理不尽で想像を絶する」と述べており、もっともです。

その原因を推測するには、まだ状況が不明なことが多いので無理なのでしょうが、毎日と日経には以下のようなことが書かれていました。

かつては変質者の犯罪とされた通り魔に、逮捕覚悟で社会へのうっ憤を晴らそうとする“自爆テロ型”の犯行が目立つことにも注意したい。いかなる理由があろうと言い訳とならないことはもちろんだが、いわゆる格差の拡大によるゆがみが、犯行の陰で作用している可能性は否めない。(毎日)

99年末に掲載した、1年を振り返る本社の社説は次のように書いている。「無差別殺傷事件で逮捕された若者はそろって、自身の社会的な挫折が引き金となって募った『世間への恨み』を動機として供述した。時代は再挑戦が可能な開放的な競争のしくみと、挫折者の恨みを和らげ社会の信頼を維持する多様な安全網を必要としている。」
状況は、今も、変わっていない。(日経)


タイトルでもお分かりのように、朝日、毎日、日経は原因解明に、読売、産経は治安に軸足をおいての主張で、そこに大きな違いがあるといえそうです。読売は「犯行予告があったら速やかに警察に通報され、取り締まることができるような仕組みも検討課題」」と防止策の一つを提案し、産経は「国民一人一人が治安対策に関心を抱き、安全への自覚を持つこと」を促しています。



なお、産経新聞・正論に初代内閣安全保障室長であられた佐々淳行さんのご意見、「早急に内閣で『通り魔審議会』をがありましたので、期待して読んでみました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080611/crm0806110256003-n1.htm

「刑罰が軽すぎるのである。………人権を擁護するあまり被害者のそれを軽視する、誤れる「教育刑主義」に通り魔の再発を促す要因がある。……。
 この際「人を殺せば死刑」という人類古来の自然法に則る「応報主義」でこの殺人に臨み、早く裁判にかけ、「模倣犯」の悪い連鎖を今度こそ断ち切らなくてはいけない。

再発防止策がいつものように論じられているが、……陳腐な彌縫(びほう)策ばかりで再発防止は困難という「敗北主義」を感じる。多年にわたり「応報主義」の極刑による抑止を主張してきた筆者は、この機会に法務省、検察庁、警察庁、さらには総理官邸、裁判官、刑法学者、マスコミを加えての「通り魔事件根絶のための審議会」を直ちに立ち上げ、「刑法第39条」の改正、あるいは少なくともその運用面における適用凍結の申し合わせを行い、「模倣犯」の出現を早期に抑止する刑事政策の転換を提言したい。警察だけでは無理だ。総合行政で内閣が取り組むべきである。」



どうも佐々さん、「『応報主義』の極刑による抑止」しかないというお考えで、その方向に行くよう「法務省、検察庁、警察庁、さらには総理官邸、裁判官、刑法学者、マスコミを加えて刑事政策の転換を」みんなで決議しようというご意見です。

でも、、そうした厳罰主義だけでこうした犯罪が本当に防げるのでしょうか。私はいささか疑問に感じました。

なぜなら、こうした「模倣犯」は自ら極刑を望んで、確実に死刑になるために無差別殺人を犯しているのですから。

また、産経のように「国民一人一人が治安対策に関心を抱き、安全への自覚を持つ」といわれても、車を凶器に使えばいくらでも多数の無差別殺人が可能なこの時代、自覚をしていても危ないのではないでしょうか。


              (歩道を歩いていても車が飛び込んできたらすぐ避けられるよう身構えて歩く 臆病ネズミ)


≪追記≫
天木直人さんのブログを見ていたら、秋葉原通り魔事件に衝撃を受けるという記事がありました。(一部引用)


  大多数の日本人はまともで善良な人間である。

  そう思いたい。

  しかし、ひょっとしてそうではないのではないか。

  今後もこのような事件が起こり続けるのではないか。

  そう思うのだ。

  そして、それはかつての日本では考えられなかった社会現象ではないのか。

  そうだとしたら、日本は正常を失いつつあるという事ではないのか。

  これらの事件は日本の病理を映し出す合わせ鏡ではないのか。

  もしそうだとしたら、その事をそう考えればいいのか。

  その責任は一体誰にあるのか。

  そこから先の答えは日本人一人一人が考えるべき事に違いない。

  その答えは一人一人違ってもいい。

  私は、その責任は、やはりこの国の指導者たちにあると思う。それは政治家であり官僚である。

  その中でも、最大の責任者は小泉元首相であると、私は思う。



私は冒頭の昨日の記事の中で、下線をつけたところ、本当は小泉元首相と書こうかと思ったのでしたが、自信がないのでぼかしたいい方にしました。私がそう考えたのは単なる直感なので根拠はないのですが、評論家なのでしょうか、著名人の天木さん、なにを根拠にそう断定されているのか、お聞きしたいところです。




  

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