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zoom RSS 再説:「中国語」を中国語でなんというか

<<   作成日時 : 2008/07/17 18:01   >>

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どうしたわけか、わたしが見た限りの日本で出されている『中国語辞典』に、いや中国で出されている『漢語字典』、または『詞典』に、「中国語」という単語、載っていませんでした。

この前中国に行ったとき、得意になってこう言ってみました。
     Wǒ  huì  shuō  yìdiǎndian  zhōngguóyǔ.
   「 我  會    説  一點點    中國 語。」
    (わたしは中国語がちょっとだけできるよ)」

相手はしばらく考えてから、
    Ā, nǐ  huì  shuō  zhōngguóhuà.    Nà,  hěn  hǎo,   hěn  hǎo。
啊, 你  會   説   中 國 話。   那,   很  好,   很  好。」
   (ああ、あんた 中国 話せるのかい、    そりゃあ いい、 そりゃあ いい。)

「中国語」を「中國話」といい代えて、でも、バカにほめてくれました。


ホンコンのタクシーの運ちゃんに言ったら、「 啊, 你 會 説  MANDRIN、 very good ! very good !」でした。


この前台湾に言きましたので、早速「普通話」(pǔtōnghuà)()という単語を使ってみました。

そうしたら、台湾の人、しばらく私の顔をながめて、こういわれました。                                Ā huì shuō gyóyǔ。 Nà nǐ shì dàlù rén。
  「啊, 會 説 國語。   那、 你 是 大陸 人;。」
    (ああ、 国語が話せるって。 そんなら、お前 大陸の人間か。」



わたしたちが中国と呼んでいる黄色い大地、とにかく日本の26倍もの大陸国家なのですから、いろんな遺伝子の人が住んでいるのですね。56の民族がいるのですから、言葉もたくさん存在するのでしょうね。

その中の9割が漢民族なのだそうで、だから私たちがふつう「中国語」といっているのを、中国では「漢語」、漢民族の使う言葉という意味でそう呼んでいるのだそうです。まったくその方が科学的でもあり、正確だから、それなら日本でも早速使ってみればいいのに、世の中思うように行かないもので、日本語では音読みする漢字語のことをずっと「漢語」と呼んでいたので、使うわけに行かない、そういう事情があるようです。

でも、同じ漢民族といったって、不思議なことに、北の人間と南の人間とでは話がまったく通じない、通訳が必要だとよくいわれています。これまでは人的交流はお役人くらいに限られ、漢字があれば、なんとか共通語の役割を果たしていたのでしょうが、今は庶民の交流は盛んで、昔のようには行かないので、大陸の方では多数決原理によって漢民族の言語である「漢語」を共通語と決め、それを「pǔtōnghuà」(普通語)呼んで、建国以来、その普及に努めてきたのだそうです。



ところで、東京外国語大学名誉教授の岡田英弘さんは「中国語」についてこんなことをおっしゃっていました。
http://www.sankei.co.jp/seiron/etra/no08/ex08-thesis-1.html

 
 (始皇帝が)統一を果たしたあとの前二一九年、始皇帝は漢字の字体を統一して「篆書(てんしょ)」を創りだした。……(その後)始皇帝は民間の『詩経』『書経』などを引きあげて焼いたが、宮廷の学者のもち伝えるテキストはそのままとし、今後、法令を学ぼうという者は吏をもって師となす、すなわち私の学派でなく、公の機関で漢字の使い方を習うことに決めたのである。……。

 ところがこれは、裏返せば、漢字の読み方を秦語にし、秦の方式に統一したということである。……。共通語はまったく存在しなかったのを、始皇帝は強引に漢字の字体を一定にし、三千三百字だけを選んで読む音も各字一つに決めたのである。

 この結果、一つ一つの漢字が意味するところと、それを表す音とが分離して、関係がなくなってしまった。これを秦以外の国の人から見れば、漢字を外国語で読むのと同じことになった。もとは各地方で読まれていたそれぞれの音に意味があったはずだが、こうして漢字の音は、意味を持ったことばではなく、その字の単なるラベルとなった。

 しかし漢字の読み方の統一は、時代が必要としたものだったから、そのまま秦から漢へ継承されて、一定の方式になっていった。

 それから四百年が経って、後漢の一八四年、黄巾の乱が起こった。中国全土は混乱の極に達し、人口は五千六百万人あまりから、一挙に四百五十万人以下に転落した。……。

 このとき、儒教系の学者たちは、それぞれ師匠から口伝を受けていた発音を整理して、漢字の音を伝える「反切」と、それを体系化した「韻書」というものをつくりだした。中国文化の象徴のように言われる儒教であるが、もう少しで断絶する運命であった、古い時代の漢字の読み方を伝えたことに、その存在価値があるのである。

 後漢末に人口の激減した中国に、北方の遊牧民がたくさん移住し、かれらが、隋・唐時代の新しい中国人となった。六〇一年、鮮卑(せんぴ)人の陸法言(りくほうげん)は、漢字音を学ぶために、『切韻(せついん)』という韻書をつくったが、これは六〇七年にはじまった「科挙」の試験の参考書として大流行した。儒教は、その経典類が科挙の出題範囲に定められたため、宗教としてではなく、漢字の用例集としての役割を果たし、知識階級の文章の出典となったのである。

 しかし、このようにしてつくられた「反切」も「韻書」も、当時の中国のどこかの方言を反映したものではなく、まったく人工的な音であった。あくまで文字の世界での出来事であって、ほんとうの中国人のしゃべっている言葉とはなんの関係もなく、中国人それぞれが独立の言語を話していることには変わりはなかった。中国は、秦の始皇帝以来、文字だけ、つまり表面だけの統一を続けて、二十世紀にいたったのである。

 現代中国においても、少数民族の言語以外に、中国語とされていることばだけで何十とあるが、その中で、すべて漢字で書けるのは北京語と広東語の二つしかない。それ以外は、例えば上海語でも福建語でも客家(ハッカ)語でも、文献や標準語からの借用語以外のことばは、漢字では書き表せない。

……。

 日清戦争に負けた清朝は、二千年を超える伝統のシステムを放棄して、日本式の近代化に切り替えたが、このとき、これまで起源の違ったことばどうしの間の仲介役であった文章語も廃棄して、日本語に置き換えた。そもそも漢文の文章語自体が、どの中国人にとっても外国語だったのだから、この切り替えは簡単だったのである。

 やがて日本語の達人の魯迅(ろじん)が現れて、一九一八年、人肉食をテーマとした小説『狂人日記』を発表し、これがもとになって、日本文を一語一語翻訳した中国文が爆発的に流行することになった。これが、すなわち「中国語」の誕生であった。

 しかし、先に言ったように、いまだに中国全土に通用する「中国語」は存在しない。「普通話」は、かつての漢文と同様、地方の中国人にとっては外国語にひとしい。つまり、われわれ日本人が考えるような、同じことばを話す十二億の中国人はいないのである。



岡田さんの論文は、「中国」とか「中国人」とか「中国語」いう呼称の実態はあやふやなもので、したがって、「中国4000年の歴史」というのは単なる宣伝に過ぎないという趣旨です。なるほどと思うとところでした。ただ、引用個所の私が付けた下線部、私にはどういうことかちょっと理解ができませんでした。


また、この論法をいわゆる「日本語」に当てはめるとどうなるのか、とも考えて見ました。

そうすると、私には私たちがいま使っているいわゆる「日本語」(共通語/標準語)も、いわゆる「中国語」の”普通話”と同じようにいえるのでは、と思えたのですが、間違いなのでしょうか。

日常的に方言を使っている日本人、だんだん希少品種になってきているようですが、生粋の青森や鹿児島や沖縄や大阪の人たちにとって、あの共通語(標準語)と呼ばれる「日本語」は、ある意味やっぱり外国語なのではないでしょうか。


         (そのうち人類は英語が共通/標準語になるに違いないよと信じている ムード歌謡歌手 鼠先輩)

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
魯迅は自身「口語文運動」と呼んで居た様に思います(要確認)。

逍遥の文言一致運動は難解な文語文と口語文の乖離を埋める運動ですが、日本では支配する民族・政権の連続性の為に文語文は唯一共通(アイヌ語は文字を持たない)でした。この点で中国とは全く前提条件が異なります。

しかし、文語文そのものがバラバラで有った中国=民族・政権の連続性が無く、概ね中原と呼ばれる地域にその権力拠点を置いて来た国家群に於いて、口語文運動は政治的にもより大きな成果を挙げたと言えるでしょう。尚、私は最近の簡字体には反対です。

それから、方言と言語は異なりますよ。沖縄弁も東北弁も如何に難解だろうとその言語構造は日本語そのものです。ま、私には東北弁は苦手な英語より更に難しい外国語なんですがね(笑)
goda
2008/07/25 22:46
godaさん、コメントありがとうございます。
1週間ほどシンガポールの娘のところに遊びに行っていたので、返事が遅れてしまいました。
タクシーの華人の運転手にいわゆる中国語で話しかけるてみると、中国語が通じ、話がはずみました。
この運転手は潮州出身のシンガポリアンですが、同じ広東省の広東語圏の人とは話が通じないので、どうしても共通語である華語(中国語)で話す必要がここではある、というようなことをいっていました。
本当なのでしょうか。
damao
2008/08/03 22:43
 中国語を読み書きできる方に「本当なのでしょうか」と問われると、何と答えて良いやら(笑)・・・数多の中国系著作家に拠れば、本当らしいですね。

 誤解させてしまいましたが、私は中国語は全く駄目で、中国には行った事も無く、二昔ほど前に流行った比較文化論程度の知識しか持ち合わせていません。中国への辛辣な批判はこれからも気の向く儘に続けますから、今後、仮に中国へ行きたく成ったとしても入国拒否される事でしょう(笑)

で、中国の文語文はバラバラだと述べましたが、当時は既に公的な書き言葉は科挙を通じてほぼ統一されていたと考えるべきでしょう。ただ、話し言葉は方言というより[大]方言とも言うべき相違(記憶では時には文法でさえも)が有り、対話は難かしく、筆談の方が正確で早かったように記憶しています。正確には、魯迅自身の言葉(魯迅全集)で。
goda
2008/08/05 09:54

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