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zoom RSS 終戦記念日、3社の社説

<<   作成日時 : 2008/08/16 10:48   >>

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今年は63回目の終戦記念日でした。日本の新聞はどんな社説を掲げているのか、対照的な朝日、読売、産経の記事を備忘録としてコピーしておきます。


終戦から63回目の夏―「嫌日」と「嫌中」を越えて(朝日)

 北京五輪第3日の10日、柔道会場に日の丸が揚がり、君が代が流れた。日本人金メダル第1号、内柴正人選手の表彰式だ。
 中国人の観衆はどう反応するだろうか。一抹の不安を覚えながら、テレビの中継画面に見入った人もいたに違いない。観衆の多くは起立し、メダリストたちの健闘に拍手を送った。
 だが、わずか4年前にはこんなこともあった。中国で開催されたサッカーのアジア杯。日本代表の試合では観衆の大半が相手チームの応援に回り、ブーイングが浴びせられた。中国との対戦となった決勝では、試合後、日本選手団のバスは群衆に囲まれた。

■生々しい傷跡の体験
 3年前に中国各地で起きた激しい反日デモの嵐も、まだ記憶に新しい。
 そんな嫌日感情がまたいつか噴き出すことはないのか。五輪で繰り広げられる熱戦を楽しみつつも、そんな不安がなかなかぬぐえない。
 中国の人々の嫌日感情が戦争の記憶に根ざしているのは言うまでもない。
 万里の長城に近い河北省張家口。都内で勤務する看護師の三瓶久美子さん(29)が青年海外協力隊員として派遣され、この街の病院で働き始めたのは3年前の冬だった。日中戦争時代、この街は戦略的要衝として日本軍に占領され、その支配は8年間に及んだ。
 「日本人がここに何をしに来た」。自己紹介を終えるやいなや、病室のベッドに横たわっていた老人たちからあがった怒声を、三瓶さんは今でもはっきり覚えている。
 「日本軍の兵隊がおれに何をしたか知っているか」。ある老人はそう言って右手と右足に残る刀傷を見せた。「日本兵は赤ん坊を刀で突き刺し、女たちに手を出したんだ」
 いくつもの病室で、老人たちから向けられた怒りに満ちた視線。戦争のことを知識としては学んできたつもりだった。だが、その心の傷の深さは想像をはるかに超えるものだった。
 それでも日々の仕事をしつつ、老人たちから当時の話を聞き続けた。次第に彼らの表情が和らいできた。2年後に帰国する際、老人たちが心底別れを惜しんでくれたように思えたという。

■抽象化する戦争の記憶
 戦争についての直接の記憶を持つ世代は、どんどん減りつつある。代わって中国社会の中心を担うのは、彼らの子や孫、ひ孫である。そうした世代の嫌日とは何なのか。
 3年前、東京大学と北京大学の学生が「京論壇」と名づけた討論フォーラムを立ち上げた。反日デモの激しさをまのあたりにした双方の学生たちが「日中関係をどうすればいいのか、本音で語り合おう」と呼びかけ合った。
 「日本人はよく軍部の独走などといった逃げ口上を用いるが、われわれから見れば日本は日本、別物ではない」「戦前と戦後の日本の体制は連続しているのではないか」「日本企業は質の悪い製品を中国に輸出している」
 過去2回の討論会で、中国人学生からこうした発言が出たという。昨年の討論に参加した山形宏之さん(25)は、中国側には思いこみや誤解も少なくないと痛感した。しかし、決して単純な嫌日一色ではないことを知ったのも大きな収穫だったと話す。
 かつての軍国主義を恨むと話す学生が、戦後日本の経済発展に対する羨望(せん・ぼう)を語る。靖国神社について批判的な意見が多い中で、戦争で亡くなった肉親を思う遺族の感情には理解を示す学生もいた。
 戦後世代、とりわけ若者たちにとって戦争の記憶とは、多くがメディアや教育などを通じてもたらされる。それだけに抽象的で、時として現実離れした理解をうんでしまう面も免れない。その時その時の政治的要請を反映しやすくもなる。
 中国の5大学の学生を対象にした06年度の世論調査では、「日本を主導する政治思潮」を聞く質問に対し、53%が軍国主義と答えた。自由主義は18%、平和主義は9%しかなかった。

■若い世代の取り組み
 日本社会の嫌中感情にも、似た側面があるのかもしれない。中国の現実よりも、思いこみや毒入りギョーザのような「事件」に影響されやすいのは事実だろう。大国化する中国への反感と閉塞(へい・そく)感から抜け出せない日本自身へのいら立ち。嫌中と嫌日は今の日中関係を映して、合わせ鏡のように共鳴しあっているのかもしれない。
 互いの「嫌」感情を、どう乗り越えるか。今秋の「京論壇」第3回会合の準備に走り回る北京大学の張一さん(19)は「自分たちが学校で受けた教育や家庭での影響などをお互いがさらけ出し合ってはどうか。無理をして歩み寄るよりも、なぜ歩み寄れないのかを知ることが大事だと思う」と語る。
 認識がどこでずれていくのかを探り、柔軟な心で双方の「違い」に向き合っていく。回り道のようだが、それが結局、信頼と友情を手にするための王道なのだろう。時代とともに、そうした違いの中身も急速に変化していくとなれば、なおさらだ。
 中国と日本との間ではこれからもさまざまな摩擦があろう。だが、嫌日と嫌中がぶつかり合うのは不毛である
 終戦から63回目の夏。五輪が象徴する中国の台頭は、日中関係にも新たな発想を迫っている。若い世代の取り組みにそのひとつの芽を見る



8月15日 静かな追悼の日としたい (読売)

 平成20年8月15日。今年もまた、全国戦没者追悼式の日を迎えた。時代は巡り、昭和20年の「あの日」は遠い歴史の記憶となりつつある。
 だが、歳月は流れても、国のために犠牲となった人々を追悼し、平和を誓うこの日の意義は、いささかも変わらない。
 東京・九段の日本武道館で行われる全国戦没者追悼式は、天皇、皇后両陛下をはじめ、首相、衆参両院議長、最高裁長官という三権の長がそろって出席する国家としての最高の行事である。
 この日は「A級戦犯」が合祀(ごうし)されている靖国神社をめぐり、熱い議論が交わされる日でもある。
 先ごろ話題になった中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国」は、かつて靖国神社の境内で作られた「靖国刀」と呼ばれる軍刀に焦点をあてている。靖国神社の存在を、軍国主義と重ね合わせて描いているようだ。
 しかし、普通の日本人ならば、軍国主義が復活するなどということは、およそ想像もできないことだろう。
 福田首相は靖国神社に参拝しないと明言している。「国と国の関係で、相手の嫌がることをあえてする必要はない」と、首相就任の前から語っている。中国などを念頭に置いての発言だ。
 昨年、安倍前首相も靖国神社参拝を見送ったが、「参拝する」か「しない」かについては明言しない“あいまい戦略”をとった。
 いたずらに中国との関係を悪化させ、無用な刺激を与えるようなことをする必要はないが、「靖国神社に行く可能性と権利」まで手放してはならないと考えた。最近になって、安倍前首相はこう述懐している。
 安倍前首相は、昨年8月末にインドを訪問した際に、極東国際軍事裁判(東京裁判)でインド代表判事を務めたパル判事の遺族と面会している。
 11人の裁判官の中でただ一人、被告全員を無罪としたのがパル判事だった。
 パル判事については、その評伝などが相次いで刊行され、改めて注目が集まっている。
 「パル判決書」は、連合国軍総司令部(GHQ)の占領下では、公刊が禁じられていた。
 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効して、日本の主権が回復された直後、「日本無罪論」のタイトルで刊行された抄訳は、たちまちベストセラーとなった。
 ただ、「日本無罪論」という表現を、疑問視する議論も一部にあった。最近、そうした論争が再燃している。
 パル判決は、日本軍の占領地で民間人の殺戮(さつりく)、暴行などの蛮行が伴ったことは否定していない。
 しかし、パル判決の核心は、当時の国際法に照らし、被告たちを裁くことは出来ないと判断した点にある。
 東京裁判は、勝者の敗者に対する「儀式化された復讐(ふくしゅう)」であるとし、欧米諸国にはその帝国主義と植民地支配の歴史に照らして、日本を裁く資格などないとした。
 非戦闘員の生命財産の無差別破壊を問題とするなら、原爆使用の決定こそ「ナチス指導者たちの指令に近似した唯一のもの」とも指摘している。
 しかし、国際法上の戦争犯罪の有無とは別個に、戦争責任の問題は存在する。
 日本はなぜ勝算もないまま無謀な戦争を始め、国内外に多大の犠牲者を出してしまったのか。終戦工作を積極的に進めることで、広島と長崎への原爆投下を防ぐことは出来なかったのか。
 読売新聞は、戦後60年の節目を迎えた2005年の夏から1年間にわたって、日本の政治、軍事指導者たちの戦争責任についての検証を行った。
 結果としては、東条英機元首相ら多くの東京裁判「A級戦犯」が昭和戦争の責任者と重なった
 しかし、重大な戦争責任があったとは思われない「A級戦犯」もいた。一方では、日中戦争や日米開戦などについて重い責任を有しながら、裁判の対象にはならなかった人もいた。
 いわゆる「A級戦犯」の靖国合祀・分祀問題については、2006年、富田朝彦元宮内庁長官のメモが発見され、昭和天皇の気持ちが明らかにされて以来、議論の流れが変わった。
 最近では日本遺族会の中でも、分祀論が出ているという。
 国立追悼施設の建設に向けた調査費は来年度予算案でも計上が見送られる模様だ。
 しかし、靖国神社側が、適切な対応をしなければ、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を拡充するなどして天皇参拝の中心施設にすべきだという議論が、今後勢いを増していくことになるのではないか
 追悼施設の問題に一日も早く決着をつけ、国民が一致して静かに戦没者を追悼する8月15日となってほしい



8月15日 日米の絆を確かめたい(産経)

 ■将来を誤らせぬ鎮魂の日に
 63回目の終戦の日を迎えた。日本列島はあの日と同じ蝉(せみ)しぐれの中で「鎮魂」の色に染まる。
 だが一方で今、日本人の関心の多くは、隣国・中国で開催中の北京五輪に向けられている。日本選手の活躍にだけではない。中国の国力を誇示することを最大の目的にしたような五輪のあり方そのものに対してでもある。
 その開会式には日本や米国、ロシアをはじめ80を超える国の首脳が出席した。五輪史上異例の多さである。その中には、チベットの人権問題を理由に欠席を表明していたフランスのサルコジ大統領の姿もあった。

 ≪「大国」見せつける五輪≫
 中国による外交戦術の成果という面もある。だがそれよりも、経済発展や軍拡によるこの国の強大化を、世界中が良くも悪くも無視できなくなってきたことの表れといっていいだろう。
 「帝国」復活を思わすような中国の台頭は、日米安保条約による米国との同盟を軸に、安全と繁栄を保ってきた日本の国家戦略を根本的に揺さぶる要素にもなってきた。それだけに、北京五輪の最中に終戦の日を迎えたことは、日本の戦後と将来を考える上で大きな意味を持っているといえる。
 米国のブッシュ政権は、北朝鮮の核申告と引き換えに11日にも可能だった同国へのテロ支援国家指定解除を延期した。だがこれは、指定を拉致問題解決のカードとして期待してきた日本にとって気休めにしかならない。
 米国世論が中国に傾斜していくのは避けられそうにない。米国が東アジアの安全保障の枠組みで、日米同盟より6カ国など多国間の交渉に重点を置いていこうという流れを止めるのは容易ではないとみられるからだ。
 しかし日米同盟を軽視し、これを無力化させようとしているのは米国だけではない。
 インド洋で日本の海上自衛隊が行っている米国などの艦船への補給活動は今年になって約3カ月も中断した。国会の衆参ねじれでテロ特措法の成立が大幅に遅れたためである。
 新たな法律が必要な補給継続をめぐっては、野党に加え公明党も反対するなど極めて難しい状況だ。補給はアフガニスタンでのテロとの戦いを進めるためのものだ。これでは、米国内に「日本は助けを求めるだけで助けにはこない」と、日米同盟への疑念が生じても仕方あるまい。

 ≪日英同盟の廃棄に学ぶ≫
 今、日本国内にも「国連中心主義」を唱える民主党の小沢一郎代表をはじめ、日米同盟より多国間の協調を重視する声が急速に強まっている。こうした状況は、かつて日英同盟が廃棄されたときと似ていると言わざるをえない。
 明治35年(1902年)に結ばれた日英同盟は、日露戦争での日本の勝利に貢献し、国際社会での日本の安定した地位を確保させた。しかし大正10年(1921年)のワシントン会議で、新たに日米英仏4カ国条約を結び、同盟は廃棄された。
 中国への進出をうかがう日本への反発から、日英間に亀裂を入れようとする米国や中国の外交戦略に乗せられたためだった。日本国内にも「新外交」として同盟より多国間の協調を求める空気が強まっていた背景もあった。
 4カ国条約は太平洋地域における国際協調をうたっていたが、同盟とは異なり、何ら日本の安全を保障するものではなかった。唯一の同盟をなくした日本は国際的孤立を深め、先の大戦での破滅の道をたどることになる。
 今、日米同盟に代わり、価値観の異なる中国や、領土問題などで日本に敵対姿勢を強める韓国などと、多国間の枠組みを選ぶとなれば、日本はまた、孤立の道を歩むことになるだろう。
 むろん外交は、相手国があってのものだ。米国の「変心」に備えて「自立性」を強めることも大切である
 だが、その前にやるべきは、補給の継続などにより「同盟の成果」を示し、日米の絆(きずな)を確かめることだ。中国や北朝鮮などによる同盟への揺さぶりや、これを弱体化させる動きは封じていかなければならない。
 国の将来を誤らせないような設計図を描かなければならない。それこそ、300万人にも上った先の大戦の戦没者たちの霊を慰めることになるのである。


≪追記≫
産経新聞は16日の【主張】で「終戦の日と靖国 福田首相はなぜ参拝せぬ」という社説を書いていました。靖国問題を考える参考として、コピーしておきます。

 終戦の日の8月15日、東京・九段の靖国神社には、今年も多くの国民が参拝に訪れた。だが、福田康夫首相の姿はなかった。予想されたこととはいえ、残念である。

 福田首相は昨年9月の自民党総裁選時から、靖国参拝問題で「友達(中国、韓国など)が嫌がることはしない」と述べ、今年8月15日に向けても「私の過去の行動を見てほしい」と参拝しない意向を示した。

 福田首相は中国製ギョーザ問題でも、中国で中毒事件が起きたことを洞爺湖サミット中に知らされながら、中国への配慮から、それを1カ月も隠していた。

 隣国への配慮も結構だが、肝心の国民のことをどう考えているのか。国を代表するリーダーなら、まず、国民のことを考えて行動してもらわなければ困る

 靖国神社には、幕末以降の国に殉じた246万余柱の霊がまつられ、うち213万余柱は先の大戦の死者だ。それだけ終戦の日の参拝の意義は大きい。とりわけ、首相以下の閣僚による靖国参拝は、国を守るという観点からも、重要な意義を持っている

 この日、靖国神社に参拝した閣僚は保岡興治法相、太田誠一農水相、野田聖子消費者行政担当相の3人にとどまった。福田首相が率先して参拝していれば、以前のように、多くの閣僚がそろって参拝したであろう。

 一方、日本武道館での全国戦没者追悼式で、河野洋平衆院議長は「政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる施設の設置について、真剣に検討を進めることが強く求められている」と述べ、無宗教の国立戦没者追悼施設の建設が望ましいとの考えを表明した。

 この構想は、福田首相が小泉内閣の官房長官だったときに発足した懇談会で浮上し、多数意見として報告されたものだ。しかし、国民の間から「戦没者慰霊の中心施設である靖国神社を形骸(けいがい)化するものだ」といった強い反対意見が出され、棚上げされていた

 それをあえて、戦没者追悼の場で持ち出すべきことだろうか。衆院議長の見識を疑う。

 この日の靖国神社は、戦没者遺族にまじって、親子連れや若い学生、カップルらの姿がさらに目立っていた。靖国参拝が、遺族から子や孫の世代へと確実に受け継がれていることをうかがわせた。この参拝風景を定着させたい。

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