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zoom RSS 交付金と「米百俵」精神

<<   作成日時 : 2008/12/06 13:18   >>

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新潟県中部に位置する長岡藩は戊辰戦争のとき奥羽越列藩同盟に加盟して、新政府軍と徹底的に戦い、城下町長岡は焼け野原となってしまいました。

幕末の思想家佐久間象山の門下生であった小林虎三郎(1828〜1877)はこの焼け野原の中で、「時代の要請にこたえられる学問や芸術を教え、すぐれた人材を育成しよう」という理想を掲げ、明治2年(1869)に現長岡市四郎丸の昌福寺本堂を借りて国漢学校を開校します。

翌年5月、長岡藩の窮状を知った三根山藩から米百俵が見舞いとして贈られてきました。藩士たちは、これで一息つけると喜びますが、藩の大参事小林虎三郎は、、「国がおこるのも、まちが栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ、学校を建て、人物を養成するのだ。」といって、この百俵の米を売却し、その代金を国漢学校の資金に注ぎ込み、明治3年、洋学局、医学局も設置された国漢学校の新校舎が完成します。

後年、この学校から東京帝国大学総長の小野塚喜平次、解剖学医学博士の小金井良精、司法大臣の小原直、海軍の山本五十六元帥……などの偉人が輩出します。


この国漢学校創立時の故事をもとに、作家山本有三氏は『米百俵』という戯曲を昭和18年(1943)に出版します。その中で「早く、米を分けろ」といきり立つ藩士たちに向かって虎三郎はこう語りかけます。

この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。国がおこるのも、ほろびるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。……この百俵の米をもとにして、学校をたてたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかりしれないものがある。いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日ぐらしでは、長岡は立ちあがれないぞ。あたらしい日本はうまれないぞ。……

当時この戯曲は人気があったそうですが、時代を支配する軍部からこの戯曲には反戦思想が含まれているとみられ、絶版となり、自主回収されてしまいます。

でも、戦後の昭和50年(1975)、長岡市は『米百俵 小林虎三郎の思想』を復刻出版し、昭和54年(1979)と平成13年(2001)、歌舞伎座で『米百俵』が上演されました。あの小泉純一郎が第一次内閣組閣後の所信表明でこの故事を引用して演説し、2001年の流行語にもなりました。


さて、今回の100年に一度の金融危機対策の一つとして麻生政権は私たちに定額給付金をくださるそうです。わが家も6万円ほどもらえそうなので、それはそれでありがたいと思うものの、小林虎三郎の「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」といった言葉を知ると、「定額給付金も、食えばたちまちなくなるが、○○にあてれば明日の一万、百万俵となる」とついつぶやいてみたくもなります。

もっと未来を見据えた方策、麻生さんが無理なら、小沢さんでもいいから出してもらえれば、日本の未来に希望がもてるのに、そんな思いがしております。


 (靖国にこだわる小泉さんは嫌いでしたが、未来をそれなりに示していたから人気があったのかもと見直すネズミ)

≪追記≫
さて、上の文で私は小泉さんは偉かったんだなあと見直したのでしたが、ネットにはこんなご意見もありました。http://www.japan-fishing.com/navy/kome.html
すぐに人の意見に左右される私、「この不景気の対策としてまずは庶民に現ナマをばらまくことか」とも思ってしまいました。


小泉首相の勘違い
ちょっと脱線
先の小泉首相の演説以来、構造改革には「痛みを伴う」とされ、米百俵の故事が引合いに出されます。今の苦しみや痛みに耐えて明日の日本を築かなければならないということです。でも、これは大きな勘違いです。ちょっと脱線しますが、このことについてお話します。

長岡藩士の高潔
昔の藩士は、身分制度や封建制度上、既得権保持者でした。だから、三根山藩から米百俵が送られてきた際も、困窮する町民や農民のことは考慮せずに、当然の既得権としてこの米にありつけると思ったのです。その藩士達を説得して既得権を放棄させて教育の充実を図った大参事小林虎三郎のリーダーシップと見識はもちろん尊敬に値します。でも、それよりも、大参事の説得を聞き入れ既得権を放棄した長岡藩士の高潔さに私は感銘します。

米百俵が語るもの
米百俵が語るものはふたつあります。ひとつは将来に備えた教育の重要性です。そしてもうひとつは、既得権保持者こそ潔く既得権を放棄して今の苦しみや痛みに耐えなければならないというのことなのです。

現在の既得権保持者は誰だ?
明日の日本のために今日我慢するべきは誰でしょうか。戊辰戦争後の長岡藩士の立場の人間は誰でしょうか。私は既得権を決して手放そうとしない役人や天下り官僚、族議員達、バブルに踊った経営者達こそ痛みに耐える立場の人間であると思います。まず、そういった連中が既得権を放棄して初めて構造改革が成功するのです。でも、残念ながらその連中は昔の長岡藩士のような高潔さを持ち合わせていないようです。

小泉首相の勘違い
小泉首相は、国民は痛みに耐えなければならないと米百俵の故事を持ち出しましたが、先程私が紹介したように、これは大きな勘違いです。この米百俵の故事は、不況やリストラや失業に苦しむ国民に向かって話すべきことではありません。既得権にかじり付いている連中を説得する際に用いる故事なのです。 小泉さん、わかりましたか?

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