日日是生日

アクセスカウンタ

zoom RSS 中国人の政治原点には“抗日”思想がある

<<   作成日時 : 2010/09/22 21:54   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 1 / コメント 0

 9月7日に起こった尖閣諸島中国漁船衝突事件について、元北京大使館公使を勤められた宮家邦彦氏は、ご自身の中国体験(皮膚感覚)から、日中関係の難しさを以下の5点にまとめておられることを、前回ブログで紹介しました。

    1.日中関係は本質的に脆弱である
      日中関係は意外に脆い。文化的な共通点こそ多いが、韓国とは異なり、政治的に共有できる価値観があ
     まりないからだ。……。13億の中国人と1億3000万の日本人が互いに引っ越せない以上、政府レベルで
     は、たとえ「砂」(のように脆弱な基盤)であっても「城」を作り続けなければならない。)
    2.日中外交の9割は内政問題である
      日中関係では、一つ対応を誤れば国内の反対派が黙っていない。現政権に対する批判が瞬時に吹き出
     るという点でも両国はよく似ている。日中外交のエネルギーの9割は、外交交渉ではなく、国内の潜在的反
     対者への「丁寧な説明」に注がれるといっても過言ではない。
    3.中国人の面子が潰れれば、反日ナショナリズムに火がつく
      中国では健全なナショナリズムと過激な排外主義の間の「敷居」が日本ほど高くない。特に、公衆の面前
     でプライドが傷つけられたと感じれば、普段温厚な中国人でも態度を豹変させる。とにかく、これはもう「い
     つ」「なぜ」といった理屈の世界ではないのだ。
    4.一度反日感情に火がつけば、収拾は容易ではない 
      一党独裁の下で生きる中国人は、常に政治的「立ち位置」に敏感だ。個人同士ならともかく、集団の中で
     「日本批判」は事実上義務となる。下手に日本を擁護しようものなら、逆に袋叩きに遭うのが関の山だ。かく
     して、一度火のついた反日感情は限界まで拡大していく。
    5.反日運動は容易に反政府運動に転化する
      中国政府が最も恐れるのは、反日運動が制御不能となり、反政府運動に転化することだ。日中双方、特
     に中国側は、コントロールの限界を見極めつつ、常に政治的「落とし所」を探っている。 不幸にも日中関係
     における失敗は、まさにこの「落とし所」の「読み違い」から生ずることが多い。



 今や日本と中国の関係は意地の張り合いで、どちらが相手に打撃を与えるカードを多く持つか、どちらの国民が辛抱強いか、傍から見ると面白くても、当事者である私たちにとってはとっても不愉快な争いです。こうした諍いがこじれると、お互いに引越しできない間柄ですから、ひょっとしてこの不愉快さは未来永劫つづくということになります。

 私にもいい解決策があるわけではありません。日本人である私はもうこの不愉快さにはじっと耐えて、できたら不愉快な4つの国(中・朝・韓・露)が存在していることは無視して、太平洋の彼方の方角を向いて生きていくしかない、今はそんなあきらめの心境です。


 ところで、宮原氏が指摘されているように、なぜ「日中関係は本質的に脆弱」なのでしょうか。

 私なりにいろいろ考えてみたのですが、その結論はやはり、明治維新以降の日本人と中国人との殺し合いの歴史に原因があるという、平凡なものでした。そして、私たちが接する現代の中国人が、最初に政治的な考えや行動を起こそうと思ったその原点には”抗日”という思想があるということです。つまり、いまの共産中国は抗日運動、抗日戦争の中から生まれてきたという現実です。

 日本人は何かの式典のときしか日本の国歌「君が代」を歌いませんが、それも口を動かす人は少ないのですが、中国人はことあるごとに、特に反日デモなどでは、ことさらに大声で中国国歌を歌っています。

 なぜなら、この中国国歌は、正式曲名は「義勇軍進行曲」といい、抗日戦争最中の1935年に制作された抗日映画『風雲児女』の主題歌だったからです。36歳の田漢が作詞し、23歳の青年聂耳が作曲したものなのです。1949年に暫定国歌となったものが今もそのままなのです。

 この歌の歌詞の最後は「冒著敵人的炮火 前進! 前進! 前進、進!」(敵の砲火をもろともせず、進め!進め!さらに進め!)で、この「敵人」、どう考えても当時中国に進出していた「小日本」なのです。

 この中国国歌、詳しくは以下の映画『風雲児女』の原版動画と北京オリンピックのころに書いた拙文ご覧ください。
 http://www.youtube.com/watch?v=6icFnCSF2yA&feature=related映画「風雲児女」での「義勇軍進行曲
 http://lailai-hanyu.at.webry.info/200808/article_6.html再・君は中国国歌の歌詞を知っているのか



 さてさて、不愉快な話がつづきますが、彼らの言う抗日戦争、つまり既述した「明治維新以降の日本人と中国人との殺し合いの歴史」とはどんなものだったのでしょうか。

 先の大戦で私たちは不幸にして原子爆弾をはじめとする圧倒的な軍事力をもつアメリカに敗れましたが、中国人との争いに負けたとはあんまり感じていません。でも、数十年にわたって殺し合いをしたのは事実なのです。いまどきの若い人の中には日本人が兵隊となって中国大陸でも血を流したことを知らない、あるいは知識としては知っていても実感できない人がいるかもしれません。

 かくいう私も知識としては知っていても、大陸での直接の戦争体験というのはないのですから、あんまり実感できない一人なのです。


 ところで、私は2008年の4月29日、この日が「昭和の日」という祝日なっていることにはじめて気づいた日なのですが、その日のNHK歌謡番組で「異国の丘」というなつかしい歌を耳にし、なぜか思わず感動したのでした。

 そして、その日の日記として「昭和の日―『異国の丘』を聞いて」というブログを書き、さらにその後の5月1日、「「昭和の日」に軍歌を歌う」という一文をも書いたのでした。
http://lailai-hanyu.at.webry.info/200805/article_1.html「昭和の日」に軍歌を歌う


 幼いころによく聴いた「異国の丘」がきっかけとなって、その日はYou Tubeでなつかしい軍歌を聴き、「私の好きな軍歌」として以下の10曲を選び、ときどきこのパソコンで繰り返し聴いているのです。(その日のブログには実際に選んだのは9曲までで、「あと1つはなにがいいでしょうか」としていましたが、今日「愛馬進軍曲」を加えました。

http://www.youtube.com/watch?v=T3GhA0xmecw&feature=related戦友・1903)
ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の赤い夕日に照らされて友は野末の石の下
http://www.youtube.com/watch?v=aBk0_KsIXpo(討匪行・?)
どこまで続く泥濘ぞ三日二夜を食もなく雨降りしぶく鉄兜 雨降りしぶく鉄兜
http://www.youtube.com/watch?v=lzpjBdxz5io&feature=related(露営の歌・1937)
勝ってくるぞと 勇ましく 誓って故郷を 出たからは 手柄たてずに 死なりょうか 進軍喇叭 聴くたびに まぶたに浮かぶ 旗の波
http://www.youtube.com/watch?v=2CpcztEOSrs&feature=related愛国行進曲・1937)
見よ東海の空明けて 旭日高く輝けば 天地の精気溌溂と 希望は踊る大八洲 おお晴朗の朝雲に 聳ゆる富士の姿こそ 金甌無欠揺るぎなき わが日本の誇りなれ
http://www.youtube.com/watch?v=vn2OgHd99GE&NR=1(麦と兵隊・1938)
「徐州徐州と人馬は進む 徐州居よいか住みよいか」 洒落た文句に振り返りゃ お国訛のおけさ節 髯が微笑む麦畑
http://www.youtube.com/watch?v=5XXggeAttdw&feature=related父よあなたは強かった・1039)
父よあなたは 強かった 兜も焦がす 炎熱を 敵の屍(かばね)と ともに寝て 泥水すすり 草を噛み 荒れた山河を 幾千里 よくこそ撃って 下さった
http://www.youtube.com/watch?v=w8auO5yDrDs&feature=related愛馬進軍歌・1939年)
くにを出てから 幾月ぞ 共に死ぬ気で この馬と攻めて進んだ 山や川 執った手綱に 血が通う
http://www.youtube.com/watch?v=7WOVJbs4pOM&feature=related暁に祈る・1940)
あぁ あの顔で あの声で 手柄頼むと 妻や子が ちぎれる程に 振った旗 遠い雲間に また浮かぶ

http://www.youtube.com/watch?v=B_YWPf7LGhMラバウル小唄・太平洋戦争期)
http://www.youtube.com/watch?v=9hkoI_r3MLM異国の丘・戦後)


 この高齢者ならとってもなつかしい10曲、私は時代順に並べているのですが、最後の2曲を除いて、あとはいわゆる日中戦争、つまり中国人との殺し合いの中で生まれた歌であることに気づきました。

 靖国神社に祀られている英霊たちの中で、アメリカとの殺し合いで死んだ方々が多いのかも知れませんが、中国人から殺された方々もかなりの数あるのではないでしょうか。それと同じくらいの数、いや中国が戦場だったのですから、また日本軍の方が優勢だったでしょうから、日本人の○倍の中国人が殺されているのも事実に相違ありません。

 両国にはそういう歴史もあるのですから、結論としては”日中友好”なんて端からムリな話だったのです。偽善行為なのです。

 私たち1億3000万人の日本人は、これからはなお一層太平洋の彼方の方角を向いて生きつづける努力をしないといけない、そう思うのでした。 
(小国日本はアメリカの庇護を受けるか、中国の支配下になるか、選択肢はそれしかないのです。だったら資本主義の発達した民主主義の成熟した世界一の大国・アメリカの方がいい、そういう理屈です。でも、アメリカ様がコケたらどうしたものでしょうか。)


            (わが国は昔から鎖国には慣れている 江戸時代こそ理想の社会 知足を知る 賢者ネズミ)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
極東の警察は中国か
「中国人の政治原点には“抗日”思想がある」について、「小国日本はアメリカの庇護を受ける」ほうが中国よりもいい、という趣旨が書かれてあり、これについてコメントを書こうと思ったのですが、長くなるので、トラックバックで書くことにしました。 ...続きを見る
群青色日記
2010/09/23 12:46

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
中国人の政治原点には“抗日”思想がある 日日是生日/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる