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zoom RSS 久間発言と栗林中将

<<   作成日時 : 2007/07/02 17:25   >>

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今年1月、映画「硫黄島からの手紙」を見て、はじめて栗林中将なる人物の人となりを知りました。でも、彼の大義は理解しがたく、その感想として、以下のような疑問をこのブログに記しました。
http://lailai-hanyu.at.webry.info/200701/article_20.html

「アメリカに留学し、アメリカの政治や社会、経済や軍事力など熟知している人物が、日本はアメリカには到底かなわないと熟知している人物が、日本人であるということで、帝国軍人であるということで、殺し合いを長引かせ、相互に4万人をも越す戦死者を出す殺し合いをなぜ忠実に遂行したのかということです。二宮君だけは助けてあげたのに、それぞれが祖国に帰りを待つ人たちがいる4万もの人たちを、どうして一人でも多く国に帰してあげられなかったのか、ということです。」


その後Sankei Webに防衛大学校の五百旗頭真(いおきべ・まこと)学長の「栗林中将は『重きつとめ』を果し得た 」という記事が載っていました。
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/070610/srn070610000.htm

 国の為 重きつとめを 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ 悲しき

この和歌は壮絶な硫黄島の戦いを指揮した栗林忠道中将の辞世の歌だそうです。


この戦いで栗林中将は、部下の将兵にバンザイ突撃による玉砕を禁じ、地下にもぐっての「死よりつらい」徹底抗戦を命じ、米軍に日本軍を上回る死傷者を強いました。

その結果、ガダルカナルでは22対1であった日米死傷者比率が、硫黄島で1対1となりました。この硫黄島での米国将兵の犠牲者数が米国内で広く報道されると、米国民に大きな衝撃を与え、怒りをさえ呼び起こしました。

火力と物量ではますます日本を圧倒しているのに、日本本土に近づくにつれて、日本側の抵抗は熾烈となり、硫黄島につづく沖縄戦も3か月もかかり、やがて米国政府は硫黄島や沖縄に続く本土決戦が果たしてペイする戦争であるのかという疑念を呈し始めました。

このように栗林中将の硫黄島での死闘が根深いところで動き始め、米国は穏当な条件を記したポツダム宣言を発し、本土決戦をできるだけ回避することを望むに至った、と五百旗学長は述べ、栗林中将の功を以下のようにまとめています。

「(ポツダム宣言を受諾したこと)により栗林らの苦闘がよみがえった。『重きつとめを果し得で』と栗林は嘆じた。けれどもその悲壮な抗戦が敵の本土侵攻を1日でも遅らせるどころか、本土決戦をなくし、故郷の家族が平和を得て、復興の日を迎える政府決定の基盤を醸成したのである。」



さて、前置きが長くなりましたが、わたしたちの防衛大臣久間章生氏は、6月30日、以下のような発言をして、物議をかもしました。

「間違えば北海道までソ連に取られてしまう。その当時の日本は取られても何もする方法もないわけですから、私はその点は、原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。」

原爆で何十万人の日本人が死んだけれども、その人たちは運が悪かったので、残りの人たちはドイツや朝鮮半島の人たちのようにならなくてすんで、本当によかった、まるで人ごとのようにそういっているみたいです。

また「国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうる」といったりしていますが、そういうこととは核兵器を使うことを指していますから、核兵器を使うこともしょうがないなといいたかったと聞こえます。



でも、ブログを拝見すると、そのような久間氏の考えに賛同される方も、結構いるのですね。



ところで、わたしがここでいいたいことは久間さんのことよりも栗林中将のことなのです。


五百旗氏は栗林中将の苦闘を「『重きつとめを果し得で』と栗林は嘆じた。けれども・・・・・・その復興の日を迎える政府決定の基盤を醸成した」と高く評価されています。

ただ、今度の久間大臣の原爆使用の理由発言と栗林中将の苦闘を重ね合わせると、こんな疑念が浮かんできました。

もしも栗林中将をはじめとする勇敢なわが国将兵の死闘が米国に日本本土での決戦は米国民の犠牲を増やすだけだと気づかせ、だから原爆を使用しようという理由の1つになったとしたら、あの死闘も仇になったのではないのか、ということです。


でも、この点については、原爆という大量無差別爆弾なんか想像だにできなかったでしょうから、わたしは以下のように考えることにしました。

「わたしたちはここで”勝利は論外”の戦いを死力を尽くして戦う。そうすることによってアメリカは日本人を見直し、降伏の条件も緩和してくれるかもしれない。また、わが国の上層部も勝ち目のない戦いは硫黄島だけで十分だと判断して、降伏を決めてくれるかもしれない。いまここで敵味方4万もの将兵が犠牲になるけれども、わたしたちが1日でも長く戦うことで、わたしたちのの愛する家族はこれから先一人でも多く無事に生き延び、平和に過ごすことができるようになることだろう。そのためにもいまここで死力を尽くして、矢弾尽き果てるまで戦いをつづけていくのだ。」




さて、8月15日が近づいてきました。またぞろ靖国の境内がさわがしくなる季節がやってきました。

それにしても、あの靖国神社に英霊として祭られている方々はあの世で、お互いにどのようにあいさつし、会話を交わしておられるのでしょうか。

軍人でもないのに戦争に巻き込まれて犠牲になった方々は英霊ではありませんから、そこにはいないのでしょうが、散華とか玉砕とか、特攻とか神風とか、「撃ちてし止まん」とか神州不滅とか、勇ましいことを叫んで、最後まで戦争を遂行しようとした方々と、その人たちに命じられて命を懸けて戦った方々とが同席しておられます。その方々の会話をわたしは聞いてみたいものです。



                   (夏が来ると焼け跡を食べるものもなくさまよっていたのを思い出す もと野良ネコ)

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内 容 ニックネーム/日時
 その会話をお伝えいたしましょう。
「最近の若者にも困ったものだ」
罵愚
2007/07/03 04:58

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