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zoom RSS 中国人と日本人―運命観の違い

<<   作成日時 : 2008/05/23 13:39   >>

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「運命」という単語、中国語の辞書にはなぜか載っていません。「命運」ならあります。同じ漢字文化圏なのに、どうしてなのでしょうか。

私は週に4,5回、運動浴プールや歩行器のある、我が家から歩いて10分内の市の○○○福祉センターなるものに、運動と温泉をかねて出かけるのです。

そこには図書コーナーもあって、全国紙が置いてあるので、全国紙はそこで読むことにしているのですが、「文芸春秋」とか一般書籍も置いてあります。渡辺淳一さんの『鈍感力』もここで少しずつ読んだのでした。いまは浅田次郎さんの『中原の虹』を読んでいるのですが、四川大地震があって、助かった人と亡なった人との差は絶対的で、同じようなところにいても助かった人がおり、亡なった人がいるのは運の善し悪しがその境をわけたのだろうかなどと、テレビを見ながら思ったりしていたのでした。

そういうこともあって、図書コーナーにある池田光さんの『中国運命学入門』(春秋社 2000年)を手にとって読み始めたのです。
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=30748766&introd_id=Xmo46Wkoo3629m9ki81Wi5X86oGX356A&pg_from=u

まだ途中までなのですが、そこに≪集合論的な中国のものの考え方≫という節があり、中国的ものの考え方について以下のように書かれていました。

中国人のものの考え方はどちらかと言えば明らかに欧米人に近い。……まず、中国のものの考え方は非常に集合論的である。集合論と言って分かりにくければ、二者択一的だと言ったらいいかも知れない。たとえば運命学でものを考える場合、吉か凶かは常に絶対的にはっきりしている。……凶と出た人はどうなるのか。……駄目なものは駄目だと言ってそれでお終いである。簡単に言えば、運の悪い人はどうしようもないということにつきる。この厳しさが、これまた日本人が中国の運命学を遠ざけた大きな原因であることは間違いないことだ。 (30ページ)

さらに読み進んでいくと、日本人のものの考え方については以下のように書かれています。

日本人のものの考え方はどちらかというと村的で、みんな仲良く一緒によくなりましょうとでも言いたげである。しかし、中国にあっては、共存共栄など単なる痴人のたわごとだということになってしまう。(32ページ)

好き嫌いは別として、よく考えていただきたい。普通は自分が出世したら、ライバルは取り残される。他人が出世したら、自分は遅れを取る。同時にみんな良くなるなどということは、日本的な幻想に他ならない。妙な古い平等観に取り憑かれている日本人にはお気の毒だが、人間は断じて平等などではないし、この世は不公平に満ちている。中国の運命学はその点をもはっきりと教えてくれる。 (33ページ) 



ところで中国の運命学である四柱推命術では、私たちが考える「運命」なるものを「」と「行運」とに分けて考えるのだそうです。

」とは宿命的なもので、個人のもって生まれた素質、つまり、私たちがもって生まれたもの=なのです。

この「」というものは、その時その時の流れの中にいつもあります。いい流れの時もあれば悪い流れの時もあるわけです。そのような「めぐってくる運気のながれ」、それを「行運」というのだそうです。


わたしたちがいう「運命」という言葉は、訓読すれば「命を運ぶ」ということで、これはどちらかというと「行運」という言い方に近いのだそうです。

まだ読みかけなので、私が理解できているのはこの程度で、≪事故は個人の命とは無関係≫という節を読むと、地震などで命を落としたりするのはただの災難に過ぎず、こうした異常事態にあっては中国の運命学である「命」も「行運」も作用しないとあり、この点はまだ合点のいかないところです。

16日の読売「生死分岐点“72時間”経過 救助作業打ち切りも」の結びの文で、記者は「救助関係者は家族のいない現場では『3日もたつのに、生きているわけはない。……明後日からからは重機を使い、がれきの搬出作業に入りたい』と言い放った」と書いているのも、日本人としてはなにか違和感を感じたからなのでしょう。


そういえばオミクジ、中国ではどこに行けば引けるのでしょうか。日本でも不思議とお寺さんではなく、神社のようです。交通安全祈願とか、受験合格祈願とか、厄払いとか、神道でもない仏教徒の日本人までもが、ことあるごとに神社にお参りしてもろもろのことを祈願しております。どうしてなのでしょうか。

中国人は一体神仏にお祈りするときは何を願ってお祈りするのでしょうか。それとももともとお祈りなんかしない民族なのでしょうか。

ところで、キリスト教とかイスラム教の寺院では、オミクジ売っているのでしょうか。


      (ビルマや中国で十数万人にもの死者が出ているというのに、やっぱり他人事でしかない 薄情ネズミ)


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