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zoom RSS 経済グローバル化で今や「主権在“株”」

<<   作成日時 : 2009/01/11 22:24   >>

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 私が派遣の問題に関心を持ったのは6月の誰でもいい通り魔事件が頻発したことからでした。ああした事件は直接は派遣問題と関係ないのかもしれませんが、でも、あの事件がきっかけでこの問題に関心を持ったのは事実です。

 そのころの『文藝春秋』6月号に「ルポ 世界同時貧困」という特集があり、その日本編をジャーナリストの奥野修司さんが「小泉改革の犠牲者たち 希望全く持てない新・貧困層の悲痛な叫び」とのタイトルで報告記事を載せていました。

 その中に、以下の文言があり、これは大変だと感じました。

年収200万円を切って”貧困の連鎖”を繰り返しているうちに、やがて年齢とともに、バケツのそこが抜けたように奈落へ向かう日がやってくる。
http://lailai-hanyu.at.webry.info/200806/article_16.html


 また、そのころ「非正規増加で負担増20兆円 「老後の生活保護費」で試算」という記事がネットにあり、シンクタンクの総合研究開発機構というところが以下のような試算結果を発表したと報告されていました。

 「試算では、昭和43〜52年生まれを就職氷河期世代と設定し、この世代を33〜42年生まれの世代と比較。学校を卒業した後、就職活動をした非正規雇用者と、家事も通学もしていない無業者で、老後に生活保護を受ける可能性がある人が77万4000人増加すると算出した。全員が亡くなるまで生活保護を満額で受け取った場合、追加的な予算額は17兆7000億〜19兆3000億円になるとした。

 非正規雇用者の割合は、平成19年に雇用者全体の33・5%で、この10年間だけでも10ポイント以上増えた。

 同機構は「社会的にも深刻な影響を与える規模になる」とし、大規模な就労支援を早期に行う必要性を強調している。」

http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080624/fnc0806241929015-n1.htm


 麻生首相がしばしば口にされる「百年に一度の危機」の到来で、「派遣切り」が問題になっていますが、問題はそれだけではなく、その根っこには「派遣制度」そのものが根本問題としてあるのではないでしょうか。


 9日、私は車を運転しながらカーラジオで聞いてたのですが、民主党の枝野幸男議員がこうした問題を国会予算委員会で取り上げていました。今、私が気になったその質疑の部分を民主党のサイトから引用します。

 「枝野議員は、資本金10億円以上の製造業のこの間の株主配当金が2002年で2兆2805億円、07年で5兆6690億円となり、また、内部留保が02年で55兆0973億円、07年で76兆3640億円と増加していることを確認。一方で従業員の給与等はほとんど増えず、大企業では労働分配率が下がっていることも指摘。このような状況で安易に雇用を打ち切ることは経営者として許されるのかと詰問、モラルに頼れないのであれば制度として、政治が対応すべきであると主張した。」
http://www.dpj.or.jp/news/?num=14941


 さて、そこで最近私の念頭にある考えはこういうことです。

 わが国の政治は民主主義である。つまり、「主権在民」である。しかし、わが国の経済はグローバル化していて、私たちが日本の企業として誇りに思っていた企業は、別名「多国籍企業」とも呼ぶように、日本籍企業ではなくなっている、つまり、“無国籍企業”化している。

 エコノミストの水野和夫氏がいうように「(これまでの)資本主義は、資本と国家と国民の3者の利害が、根本のところで一致していた。資本が経済活動を活発に行えば、政府はその分税収が増える。政府はその税収を使って「大きな政府」として福祉政策を拡充し、国民はより幸せに暮らすことができるようになる」、そういうシステムだった。しかし、今度のアメリカのサムプライムローン問題は「資本が国家と国民に対して離縁状を叩きつけた象徴的な出来事であり、資本と国家と国民の三位一体の関係に亀裂を入れるもの」だった。

 ここ数十年の間に資本の側である経営者の思考はその前とはまったく違ったものに変わってしまった。つまり、主権在“株(主)”なのである。憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」なんかに手助けする義務はないのである。日本国を”山谷”化”する、日本国憲法なんか眼中にない御手洗某こそ、””日本人の代表ではないのか。
http://jp.youtube.com/watch?v=s6JjQHfScIc&feature=related (岡村信康「山谷ブルース」)

 まあ、そういうことです。

 政治上はあの国は民主主義であるとか、中国のような共産主義であるとかいいって区別することがありますが、政治はあくまでも建前で、「地獄の沙汰も金次第」なのですから、国家も人間も本当は経済に従属しているのです。ですから、アメリカを本家とする新自由主義、金融帝国の風潮に巻き込まれていしまっている世界の”勝ち組”たちは、主義主張なんかはまったく関係なく、その論理はもはや、主権在“株”なのです。国家の経営で金儲けを企む政治家は、当然本音は同じことです。


 額に汗して働く人は知恵の足りない愚か者で、労力を必要とする生産作業はそういう愚か者にまかせ、知恵ある賢い人間はコンピューターの前で株の売り買いをする、そういう人が“勝ち組”となって、この世で尊敬される、そういう時代なのです。「主権在民」、この言葉、この国のリーダーたちの本音では、もうとっくに「ごみ箱」に移されているのです。


                  (一念発起、今年はデイトレードで小遣い稼ぎを目論む にわか新自由主義 ネズミ)

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